忘却の彼方で、さようなら



人は恐ろしいと思う。
悲しいことを意図も簡単に忘れてしまうから。
あの時流した涙も、締め付けられた心も、やり場の無い虚無感も。
時間が経つと曖昧になる。
だから繰り返すのだ、とも思う。
だから馬鹿みたいに繰り返す。平気でうそをつき、過去の過ちを再現し、そして罪を重ね続ける。
そうやって嘘と罪と過ちを積み重ねたその上に、今の俺が立っている。


空を見上げる。
丘の上にずらりと並ぶ墓標。足元にある一つに、先ほど購入した花を添えた。


「なんで、今更とか、思ってるだろ」


ラスティはその墓標ではなく、手向けた花に問いかけた。


「俺だって、もう二度と来るかって思ってたよ」


醜い過去と向き合うこと。それが怖かった。 だからここには来たくなかった。
だが実際、自身の母の墓標を目の前にすると、散々喚いていた憎しみは影を潜め、代わりに穏やかな気分でいる自分に驚く。
この気持ちの変化の所以は、時間の経過か、それとも人間の忘却能力か。
どちらにしても恐ろしい、と思う。
消えていく、するすると、雪解けの朝のように。
不思議に思って振り返っても、そこに跡形はないのだから。


「もう聞かないよ」


穏やかな風が耳元を掠めたとき、ラスティは呟いた。


「どうして話してくれなかったのか、とか。そんなのはもう」


意味の無いことだ、とかすかに唇を動かした。
声に出ていたか否かは、ラスティ本人にも定かではなかった。
忘れていく人間。恐ろしい人間。自分もその一部を成しているならば。


「だけどもう、ここには来ないことにするから」


母と呼ばれる存在。父と言う名の男。
その2つは、もう自身の目の前に存在しない過去の遺物。



「さっさとしろ」



はたと現実に引き戻される。振り返ってみて、初めて友人が2人立っているのに気づく。

「もういいだろうが。さっさとアイツを呼びに行け」
「・・・だって。」

ぶっきらぼうにかけられたその2つの声は、風に揺られて普段よりも幾分優しく聞こえた。



「了解。行ってきます」



ふざけて敬礼をして見せると、一方にするどい蹴りを入れられた。
もちろんそれは、いつものように手加減と言うものを全く無視した威力で。

走り始めて、ふと思った。
彼らは、俺のために声をかけてくれたのだと。
そんなに危なっかしく見えたのか?俺は。
まだまだ過去から離れきれていないらしい。

自身の弱さに苦笑したラスティは、今度は別の友を呼びに行く。
イザークとディアッカがそうしてくれたように。
自分と同じ、過去と向き合っている友達を迎えに。








[初出 2007.3.27]