群青を焼き尽くせ
そう、彼らは知らなかった。 しかし彼らは、その手に銃を取った。 守るため。そう、ただ守るために。 そして、背負うために。 つい先ほど遠ざかった背中を思い出し、空を見上げた。 広大な空。広く、それでいてどこか窮屈な空だ。気に入らない。 「おい。もうすぐ時間が」 「俺は行かんぞ。お前が呼びに行け」 自分の真横からかけられた声に、同じく声のみで返答することにした。 ・・・・・窮屈な空。気に入らない。 しばしの無言に痺れを切らしたディアッカが、ため息混じりに体をイザークに向けた。 そして、ゆっくりと口を開いて切り出したのだ。「知ってたんだろ?お前は」と。 「ユニウスセブンが落ちたときから。お前の母ちゃんとアスランの母ちゃん、仲良かったって聞いてるし、それにラスティは」 「それを言うならお前もだろう。お前の父親も含めて、」 そこで一息置いたイザークは、その瞳を少しだけ細めて続けた。 「俺達は知ってたんだよ。ずっと前から。アイツらの“肉親が死んだ”っていう事実だけを」 空がすこし愚図ってみえるのは、気のせいだ。 しかし、全身に感じる圧迫感。これは、気のせいではない。 「実際、“知らない”もんな、俺達」 とゆっくり切り出したのは、ディアッカのほうだ。 「俺の家族は生きてるし、お前の家族も生きてる。死んでない」 「ああ」 そう、彼らは知らなかった。 肉親を殺される悲しみを、復讐と言う名の怒りを、残されるという絶望を。 しかし彼らはその手に銃を取る。 守るため。そう、ただ守るために。 祖国を、そして宇宙で未だ呼吸している同胞を、彼らの肉親を守るために。 そのためだけにがむしゃらに走り続けた。体に鞭を打ち、仲間と助け合い、時には、他ならぬその仲間を蹴落とし、そして今日。 最後になるかもしれない別れを肉親と交わした。 明日は初のオペレーションだ。 数時間後にはもう、彼らの初陣が迫っている。 そして、彼らは今、仲間の2人が“最後になるかもしれない別れを肉親と交わす”ために訪れた墓地にいた。 そう、彼らは知らなかった。 悲しみも、怒りも。 「俺は、」 相も変わらず前を向いたまま。一瞬口をつぐんで、イザークは言った。 「俺達は、アイツらが肉親を殺されたっていう事実を知っている。そして、肉親が殺される悲しみを、怒りを知らない。そう、思う」 気にいらない。気に入らない。 空が?アイツが?それとも、自分たちが。 「そっか、」 と、妙に明るい声で、ディアッカは言った。 「俺も、そんなかんじかなぁ。・・・・・でも、お前の理屈と弱冠のズレがあるみたいだ」 ディアッカは、そう言いながら笑い声をたてた。 イザークは、ディアッカのこの顔が酷く嫌いだった。 だから、前を向いたまま耳だけを傾ける。 「俺は・・・・ただ、見たくないんだよ。アイツらの姿をさ。アイツらが“墓の前に立つ”姿を。」 自分の言葉にため息をついて、空を仰いだディアッカの顔。 乾いた笑顔が、空間をよぎる。 「さっきのラスティ見てわかった。なんか、既視感、つぅか。“次はお前が、アイツらみたいになる番だぞ”って耳元で囁かれた感じ。・・・いや、逆か。逆に自分が拝まれる側になってるかもしれないんだなって。・・・・親父とかに。ああやって、アイツらの目みたいな、悲しい目で見られて、追悼とかされて。」 「ディアッカ、お前」 「怖いんだろーな。」 ディアッカの顔から、笑いが消えた。 イザークの顔は、もちろん前を向いたまま。だから、そんなことは気にしない。 「怖いんだよ、死ぬのが。別に大した人生送ってきたわけでもないし、別にやりたいこととか、将来の夢とかあるわけでもない。アスランたちみたいに、“殺された家族の敵討ち”とかなんとか、大した目標っつーか、目的、大義名分の類も持ってない。そういう事を考えるのを無意識に避けてたし。それに幸い、考えなくてもいいくらい、日々訓練づくしだったし?」 なのにさ、とディアッカは続ける。 「明日は初任務。その当たり前の事実が、ただ、たまらなく怖いんだ。・・・・死にたくないんだ。怖いんだよ。何にもないくせに、持ってないくせに」 消えていた笑い。彼の顔に、再び張り付いた。 同時に紡がれたのは、言葉の軽さとは対照的な重苦しい空気を纏っていた。 「・・・・なんか、くだらねぇ。くだらねぇよな。こういう俺が、俺自身が。 ・・・・すっげぇ、くだらなさすぎて笑える。」 気に入らない。 気に入らないのは他人。 そして、他人を受け入れる居量を持たぬ自分自身。 それを仕方ないと、受け止めるだけの器用さは持ち合わせていない。 「おいディアッカ。」 しばらくして、ゆっくりとイザークがディアッカのほうを見た。 「そんなこと、二度と言うなよ」 「わかってるって。こんなこと、今、お前ぐらいにしか言えないから言うだけ」 「誰だって怖いんだよ。俺もお前も、・・・・アイツらもだ」 「・・・・・・・」 「それから。何も持っていないヤツが、死ぬのが怖いというはずがない」 「・・・・?」 「それにもし何も持っていなかったとしても、だ。戦場に出たら否が応でも背負わなきゃならん物があるだろうが。俺達には」 「・・・・・何。」 はぁ、とため息を付いたイザークは、しかしその顔に笑顔を浮かべて言った。 作戦が成功した際に見せる、あの、彼独特のにやりとした笑顔で。 「無茶ばっかりの、敵を討ちたがりのアイツらがぶっ倒れた時に、誰がアイツらを背負うんだよ。背中くらい貸してやれ」 そう、彼らは知らなかった。しかし、そのほうがよかったのかもしれない。 彼らは、背中を貸すという可能性を抱いていたのだから。 可能性が可能性のままで終わってしまったという未来が待っていても。 「って、そろそろ本気で時間やばいぞ」 「俺は呼びに行かんと言っただろうが!」 「んったく。そしたらニコルにでも頼むか。」 悲しみを知らない彼らの背中は、きっと何より広かった。
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