昼下がりのワルツ



「ねぇ、」

カップをテーブルの上に置きながら、フレイは声をかけた。

「ん、ありがとう」

軽く会釈をした当人は、目の前にある紙の山から一枚だけ取りながら礼を言ってくる。
眼鏡の奥のその目は、“今は手が離せません”と物語っていた。
軽い肩透かしを食らった気分。
一旦集中しだしたが最後、彼はこちら側になかなか返ってこないのだ。フレイが注意しなければ、平気で何日も篭っていよう。そういった悲劇が起こる前に、度々こうやってフレイが邪魔をする。いや、もとい、彼をこちら側に引き戻すのだ。
すると意外にも、彼は眼鏡を外して伸びをした。どうやら、彼の休憩時間を作ることに成功したらしい。

「今日はやけに諦めが早いですね。ザラ教授」
「君は一度話し出したら止まらないからな。もう慣れたよ」
「“学習”したのね。ひな鳥が親鳥の顔を覚えて忘れないように」
「それは“刷り込み”だろう。それに俺は、」
「考古学者ですよね、わかってる」
「開発者兼、という肩書きが本業なんだが」
「それもわかってる、もう、いちいちうるさい」
「それをおしゃべり好きの君に言われちゃ、参っちゃうな」
そう言いながら、カップを手渡してくる。
受け取り、味をゆっくりと確かめつつ、目の前の彼の顔を伺う。
どうやら、今日は本当に機嫌がいいらしい。
「君はおしゃべりで、大抵話が長い。だけどいつも、率直だ。」
「率直、かしら。これでも昔よりは婉曲表現を身に着けたつもりですけど」
昔。
その一語に内包される様々な記憶が、一瞬の間にフレイの中で駆け巡った。
父のこと、キラのこと、ラクスのこと、そしてもちろん、目の前にいる当人のこと。
輝かしいなんて言える代物では当然ないゆえ、むしろ昔は、振り返る度に腹の下の辺りが鉛を含んだように重くなっていた。それらを振り払うために、あるいは忘れたいがために、様々な手を使って逃げていた時もあった。けれども今は、それらを遠くから、穏やかに眺めることができるようになった。
それは、きっとそう。今まさに自身の隣にいる、彼によるところが大きい。
自分はいつも、真っ直ぐにしか進めない人間だったから。

「まぁ、昔よりは、な」

当然、彼の頭の中でも「昔」に関する記憶が走り回っていることであろう。
自分と共有している記憶、彼の心のうちに秘めている記憶、とりわけラクスとの記憶は彼の記憶の大部分を占めているはずであった。
が、「昔よりは、」と、繰り返して言う彼の表情は、あくまで優しい。
痛い過去を振り返るというよりは、懐かしい回顧の念を体現しているようだった。
ふと、見透かすように自分の瞳を直視される。お願いだから、いきなり驚かすような真似はしないでほしい。いや、当人は一生気づきそうにない。

「フレイ、・・・・・フレイ」

隣の彼女を見てみると、いきなり顔を逸らされた。二度目の呼びかけにて、ようやくその瞳を見ることが適う。紅茶のカップを左手に持ちかえ、いつものように相手の左頬に手を添える。相手もそれをわかっていたのだろう、困ったような安心したような、見慣れたいつもの表情になる。これは彼女のいつもの余裕が崩れる瞬間であり、彼女が自分だけに見せるもののひとつでもあった。この顔見たさにやっているのではないかと問われれば、そうかもしれないと答える自分がいる。
数年の間に、どうやら自身の癖になってしまったらしい。
だから飽きずにこの顔を見続けていられたらいい、いや彼女のことだ、飽きさせてはくれないだろう。

「後悔、しているのか」

自身の頬に添えられた手が下がり、碧い視線がより一層深みを増した時だった。
まず、何よりも意外だった。彼がそんなことを、今頃になって口に出すとは思ってもみなかった。
「なんで今更、どうしたの。」
と、そう言うつもりで口を開いたつもりが、

「それ、あたしのせりふ、よ。」

という言葉が思わず、口を突いて出てしまった。
いつものように会話のおどけて言ったつもりが、語尾が少しふるえてしまった。
笑顔が、崩れてしまっているかもしれなかった。
昔も今も変わらない、変えられない自身の悪い癖だった。
耐え切れず顔を逸らし、窓の外の町並みを見た。相変わらず、人が騒がしい通りだ。そして相変わらず、予告無しに雨は降る。
先ほど振り出した雨が、窓枠をゆっくりと撫でる。

「後悔なら、ちょっとだけ」

しばらくしてアスランは、ゆっくりと口を開いた。

「・・・そう。」

窓枠を滑る雨を見ていた。後悔の意味、その中に彼を利用していた自分が含まれていると思うと、未だに心が締め付けられるのだ。
すると、窓に映った彼の目がフレイの目を捉えた。そして、ひたすらに見つめてくる。

「・・・・・何。」
「怒ってる。」
「私が?何でよ。」
「顔に、」
「書いてある、とでも言いたいんでしょ。わかってるわよ。でもあいにくさまです、私は怒ってなんかいないわ」
「怒ってなんかいない、と怒っている口調で言われると、いまいち信憑性に欠けるな」
「その、至極冷静な態度がいつか直ることを切に願うわ」
「適わないだろうな。毎日教会に行って祈っても」
「もういいっ、さっさと仕事に戻ったら?学会が近いんでしょ」
「フレイ」
いつの間にカップを置いたのか、彼の右手がフレイの肩を掴んでぐっと引き寄せる。
「間違えてる。」
「だから、何が」
「“後悔”の意味。」
とにかく、その目は卑怯だと思う。フレイは空いている手でアスランの胸板を押した。間隔を十分にとったところで、自身の口をつけていたカップをデスクに置く。途端、その手を掴まれた。

「間違えてる。」

そして、今度はより強引に引き寄せられる。
「ちょっと、」

「どうして、もっと早くに君と一緒にならなかったのかなぁって。」

ゆっくり、染み渡ってゆく。気を抜けばゆるみそうになる涙腺を、必死に耐えた。
どうしてこんなに、優しいのよ。だからすがってしまう。頼ってしまう。いくら払拭したところで、その愛しさは消えてくれない。

「早くって・・・・いつ。」
「君と初めて会ったとき?」
「ありえない。私あなたのこと大嫌いだったから。」
「・・・酷いな。」
「酷くて結構。適度っていう言葉を教えてあげたかったくらいよ。・・・とにかくそれは却下。」
「そうだったな、思い出したよ。君はとにかく、俺の顔を見るときだけ不機嫌だった。そうしていきなり、席を立った」
「そして、アスランは私を追いかけてきた。」
「君は温室でうずくまって泣いていて、その後しばらくして・・・・」
「あー、その話はもういいっ、“早く”がいつかは、次回へ持ち越し。」
「持ち越しついでに、昼食へ出かけないか。」
「ちょっと、食べ物で釣ろうとしてない?」


先ほどの空気はどこへやら、二人は未だ抱き合ったまま。
バックミュージックは、彼らの愛して止まない雨で。


「だいぶん、かかったよね」
「そうだな」
「今度、キラとラクスも呼ぶ?」
「そうだな、もう、時効のような気もする」
「でも、やっぱりその前に」
「うん?」
「二人の時間を、大切にしてね」



雨とやりとり、そしてくるりくるりと螺旋階段を下りる二人。
その足取りはとても軽やか。どうか、ステップはワルツで。







Fin.



アスランはフレイにすがる。フレイはアスランにすがる。
お互いの出会いは14歳くらいで。16歳のときに、お互いの父は戦争で死亡。
戦中にキラとフレイは関係をもつ。ラクスはアスランの婚約者。
アスランとフレイは、お互いを気にしつつもキラとラクスを一番だと思う。
だけど結局、キラとラクスは出会ってしまい恋人になり、アスランとフレイは残された。
お互いにお互いを知っていて、ずっと前から惹かれていたはずなのに遠回り。
そんな設定でした。機会があれば、それらの過程も書きたいですね。