遥か彼方からの手紙 「ほいよ。」 目の前に、ずいっと差し出された。 コーヒーの香ばしい匂いと同時に、少しのアルコールが鼻腔を突いた。 「ラスティ・・・お前、また」 「あーはいはい、説教はそこまで。」 ぷい、と視線を逸らしたかと思うと、エサを与えられた忠犬よろしく、それはそれは楽しそうに紙コップを口に含んでいた。付き合いで飲むときですら物憂い顔をして飲んでいた自分から言わせてもらうと、隣の男が喜んで飲んでいるもの、それは思考を鈍らせるだけの代物にすぎない。しかも、自分も男も、薬物耐性を受けているために相当量のアルコールを摂取しても酔わない体になっている。だから、この男を始め、アカデミーの同期たちが訓練明けの夜や休暇中にこぞってそれを飲もうとする理由が全くわからなかった。 壁に預けていた背中を起こす。背後が何かで覆われていないと感じてしまう不安感は、この二年間に自然に身についた悪い癖だった。白兵戦の基本。敵に背中を見せてはいけない。無防備な背中を晒すこと、それはすなわち死に直結する。 そんな事を考えていると、 「しっかしさあ、」 と、横の男は伸びをしながら呑気な声をあげてくる。顔を向けると、ぐいっと紙コップをあおった後で、 「お前も大概、物好きだよな。」 「お前と同じ。暇だったからな。」 「そうか?どうせなら機械いじってるほうが、よかったんじゃねえの?」 嫌味ではなく、自然に。 相手は、相も変わらず川の向こう、あまり綺麗とはいえない水面を見ながら何気なく言った。恐らくこちらの気を使って言っているのだろう。そういう露骨でない気遣いが、ささくれ立っている己の心に妙に染みた。思わず苦笑する。 「何だよ。」 「いや、お前らしいなぁと。」 「どういうことだよ、それ」 「どうもこうもないよ。」 神妙な顔してると思ったら、突然意味不明なこと言い出すからなあ、アスランは。 そんな事をぶつぶつ言いながら、ラスティは飲み終えたらしい紙コップをくしゃりと潰した。それを丸めて、野球ボールのように、あるいはピエロのように手元で弄び始める。 「俺からしたら、お前もよっぽどの物好きだよ。」 「あ?俺が?」 「まさか、ザフトのパイロット候補生が、長期休暇中にナチュラルの国に出かけるなんてさ。バカみたいな度胸がないと言い出さないだろ。」 「バカで結構。言っとくけどお前もそのバカの一人だかんな。つーか大体、見た目なんて大差ねえじゃん。同じ言葉喋ってりゃ、自分から言い出さない限りばれることなんて九十パーセントないって。」 「それ、一理あるようで一理もないぞ。」 「てか、簡単につかまる気なんてないし。アカデミーの時に貯めた金があるし、暇もあるし、だったら行きたいところに行く、それだけだよ。俺達は首が吹っ飛ぶまでの人生なんだから。」 さらりと。そんな事を言うものだから、動揺したら負けだと思った。 そのスカイブルーの瞳から何かを読み取ろうと視線を向けたが、結局いつもの通り、わからずじまいに終わる。 「・・・・で、お前の行きたいところが、ここか。」 「そう、ここなんだ。」 めちゃくちゃ寒いけどな。 先ほどから一転、ケラケラと笑いながら付け加えたラスティは、弄んでいたボールをこちらへと放って寄こした。コーヒーカップを持っていないほうの手で受け止めると、満足そうにニヤっと笑った。どうやら、機嫌はいいらしい。 アスランのよりも少し色が薄いコートのポケットに手を突っ込んだまま、ラスティは川へ向かって歩き出した。自分も続くとする。吐く息が白い。 「川は汚いけど、ある意味いいとこだろ?食べ物はうまいし、ビールもそこそこだし。」 「おまけにドーナツがある。」 「そうそう、それが一番重要だ。」 「お前に限り、な。」 「へいへい。そうでしたね。ってことで、後で奢ってくれるんですよね?」 「なわけないだろ、今度は自分で買え。」 「嘘だろ・・・・って、うわっと!」 頭に向かって放り返したボールは、直撃する直前に受け止められたようだった。 あっぶねえな、んったく。ぶつぶつと、また呟く声が鼓膜を打つ。壁をなくした背中が少しだけ寂しく、涼しく思えた。けれど目の前の男が己の背後を見ているという事実に、人肌のような安心を感じている。矛盾した自分の意識が、そしてこの二年間の変化が、何故だかとてもおかしく思えた。自嘲ではなくて、不思議だと。 空を見上げると、図らずも街灯のランプが光を宿した瞬間を目撃することとなった。夕暮れ、そして深い夜が、異国の地のすぐそこまで迫っている。 「楽しみだよな。」 ふっと、横に気配が帰って来た。その口が、ぽつりと零す。 「これから初任務までに、死ぬってくらい美味いもん食って、美味いビール飲んで、美味いドーナツ食べて、んで美人の女を、・・・ってえ!」 「お前な、いつもそっちに思考を持ってくのはやめろ」 「いーじゃねーか!大体、俺が“長期休暇中に帰る場所もねぇしすることねぇから、一人で地球を旅行する”っつったら、“暇だから付いてく”っつったのお前だろ!いいか、お前は、あくまでサブなわけ。サブ!俺のおまけ!おまけであるお前に、俺の嗜好に口出しする権利はない!以上、俺の持論。」 「それじゃあ、お前が言う“おまけ”である俺は、どうして今日、お前にドーナツ7個も奢らなきゃなんなかったんだ?おまけである俺に、ドーナツを奢る権利はない。以上、俺の持論だ。」 「うん。そうだね。うん。お前の言いたいことはよくわかった。・・・・・ごめんなさい。」 「いいだろう。少し黙ってろ、今日泊まるホテル探しに行くから。」 「ついでにディナーにしようぜ、腹減った。」 「お前、さっきドーナツ食べたばっかだろ。」 なんて言いながら、結局はアカデミーにいた頃と変わらない会話を繰り返す。 冬の夕方、異国のちっぽけなワンシーンにて。
Fin. 7万Hits企画作品として、長いこと拍手に居座っていた作品です。期間限定でイメージを募集させていただきました。 頂いたイメージの中からひなよりの独断と偏見で、アスラン「黄昏時」、ラスティ「冬場の人肌」を選ばせていただきました。 「遥か彼方からの手紙」は、Coldplay "Postcards from Far Away"から。 二人が旅している都市のモデルは、NYとLondonをごちゃまぜにしたかんじの仮想都市です。みなさまのご想像にお任せします。 Thanx for your massase!! ラスティ as 「冬場の人肌」、アスラン as 「黄昏時」 |