あと十秒 そういえばこのところ、涙というものを流した記憶がない。いやそれは間違いだ。ドリフ大爆笑復刻版完全スペシャルがあったときには笑いすぎて涙が出た。結局まあ、その程度だ。けれど今なら涙が出せる、確実に人一人溺れるほどに。 「粗茶です!」 そう言って新八が出したものに見向きもしない白い布のバケモノ一匹が目の前にいれば、溺れるくらいの涙ならちょろいものだ。依頼もよくわからない男(男?)にたたずまれては居心地が悪すぎてイライラする。頭をかいて時が流れるのを待つしかないのか、いや時が全てを解決してくれたことは残念ながらないけれど。 「はーい、万事屋ですけどぉ」 そう言って彼が電話を取るまで、あと十秒。 本能か否か 別に関わろうとして図っているのではない。けれどこうやって一点に集まるということは因縁か、いや腐れ縁か。まあそういった類のもので片付けられるものでもなさそうだ。愚かというか、バカらしいというか。(しかしまた、青ぇ空だな) 唐突に、胸元の本を空に投げつけたい衝動に駆られる。かすれた背表紙に手をかけ、神経を研ぎ澄ませる。けれどそのまま指を離す。結局、どうあがいたところで変わるものでもなかろう。 「・・・・バカらしい。やめだ」 どちらが誰がとは、あえて言わない。 酔狂者が馬鹿なだけだ。 獣の匂い 盲目の人間が強いものや美しいものを嗅ぎ分けるように神楽もまた、その匂いを嗅ぎ分けた。同じ匂いがした。あの男、自分の兄と同じにおいがしたのだ。だから神楽は、あの事件のあと月を見るたびに、その男のことを思い出したりしてみるのだ。 「ほーれ神楽、団子だぞー」 「おーありがとう銀ちゃん!」 俺は月見で一杯だ。そう言いながら、屋根瓦の上にどかんと腰を下ろした。 そしてまた、どこかでかいだ匂いだと振り返り、ふと隣を見上げる。 「あ?なんだァ神楽」 気づき愕然とする。この匂いはあの男と同じ。 銀ちゃんの匂い。 「別にィ。女性特有のアレアルよ」 「あーあれ、婆さんとかがかかってるアレか、更年き…ゴブァ!」 「ふざけんじゃねーぞてめえええ!!!」 けれど神楽は賢いので、すぐに忘れることにした。 もう二度とあの男と会うのはごめんだと、ぼんやり想いながら。 「じゃじゃうま姫なんてあだ名、認めないアル」 「あ?お前にぴったしじゃねえか」 "紅桜によせて"【2011/3/3】 |