ある日、それはずっと昔であり、それでいて近代的で猥雑な。 ともかく、そんな街の深夜。 空が白々しく明けるまで長い、ある刻。 一つ、狭い路地を運ばれるものがあった。 前に一人、後ろに一人。闇に溶け込むかのように、ひっそりと、何かを運んでいる。 かさかさと、わずかに音がする。 二人が運んでいるそれには、大きな赤い染みが一つ、中心に浮き出ている藁が被せられていた。 その藁が、揺られて、音を立てる。 かさかさ、かさかさ、と。 誰だか知らないが、死んだらしい。 その赤黒い染みからして、死んだ人間は斬り捨てられたか、あるいは近年恐ろしいほどのスピードで普及し始めた、鉄砲で打たれたか。 どちらにせよ、安らかな死に様ではないことは確かである。 血にまみれ、恨みながら死んでいったに違いない。 何をかって?自分と運命とを恨みながら、さ。 まだ夜が明けるまで時間があるにも関わらず、その街は人、人、人で溢れていた。 だから、隠れるように路地裏を行っていた二人も、当然、その荷物を人目に晒すことになってしまった。 まあいい。顔、この男の顔さえ、顔さえ見られなれば大丈夫だ。 と、後方の一人は思う。 藁で隠せば、この死体が、そこらへんにごろごろいる、例えば団子屋のじいさんのものだろうが、有名な過激派攘夷浪士だろうが、そう・・・・真撰組の隊士だろうが、みな同じに見えるはずだ。 大丈夫だ。後方の男は、確かめるように頷いた。 その死体が例えば、真撰組の幹部クラスの人材だとしても、だ。 死体は進む。暗い路地裏と、街の道を行ったりきたりしながら。 かさかさと、音を立てながら。 その猥雑な歓楽街。 ひっそりと出て行く死体を見た者が、二人。 中年の夫婦だった。この街と言えば、という、その手の店を、長年二人で切り盛りしてきた夫婦。 おお怖い、また辻斬りかい。どうせまた攘夷派のやつらだろう、最近は物騒になったもんだからなぁ。 いやだよお前さん、実を言うと、あたしゃ攘夷とか、倒幕とかの類に溺れる連中も捨てたモンじゃないと思っているんだからね。なんせ、今のお上といえば、ちゃらんぽらんだし、何より可哀そうじゃないかい・・・・・少ない人数で国を変えようって言ってるんだ、情けのひとつもかけたくなるってもんさ。 おいお前、そんな罰当たりなことを言うもんじゃねぇぞ、そんなこと言ってたらなあ、お前も俺も幕府に捕まって打ち首だ。・・・・・!おい、あれを見ろ。そう、あれだ。あの靴。藁からわずかに、はみ出てやがるだろう。それから、・・・おっと、もう行っちまった。 おい、お前さん、ありゃあもしかして。 そうだよ、噂をすればとはこのこと、死んだのは、天下の真撰組にちげえねぇ。あの黒い靴、黒い隊服、どうみたってありゃあ真撰組の隊士さんだ。 しかし不思議だねぇ。ど派手なチャンバラなんて、あったかい? さぁ、どうだか、いつもと同じ夜だったがね。・・・・大体この街自体が、何十年も前から、夜通しうるせぇ街じゃねぇか。 夫のほうは、そう言って踵を返した。 妻のほうは、ぼんやりと思った。 真撰組。幕府。お上。そして、攘夷。倒幕。天人。 どういつもこいつも、死ぬも生きるも、平等だと。 死ぬ者は、どんだけ偉かろうと死ぬ。生きるものは、しぶとく生き残り怠惰な日々を生きる。 数十年、いや数百年前から、そいつだけは変わらないのだろう。 この国で生きる、その重みは。 妻は少しだけ顔を上げて、最近近くの物が見え辛くなった目をゆっくり細め、空を見上げる。 歌舞伎町の空は、わずかに白み始めていた。 「なんだぃ」 その空の色は、数十年前、夫と初めて店を開いた時見たものと全く同じに見えた。 なぜかその事実が、中年の妻をいらだたせた。 「・・・・・ちっとも変わってやしないじゃないか。」 小さく舌打ちをして、夫の後をとぼとぼ追った。 死体は、進む。 路 |