何故でしょう。何故、ああ何故、今あなたを思い出すのでしょう。 土方様、あなたは二度、わたしを抱きましたね。 もちろんわかっています。真撰組の方々は、日々死と隣り合わせですから。 隊士の方は全て男性の方である、とも聞いております。 そうです、隊士の方々はよく来られます。あなた以外の隊士さんも、もう馴染みのお客となりました。 それにそれが、わたしの生業でもありますから。 あなたが最初にわたしを抱いた日、・・・・忘れもしない、あの日の行灯の揺れる光、障子のわずかな隙間、わずかに漏れ出たあなたの息づかい。 その全てを、わたしは覚えています。 そうだったわ、あなたはわたしが部屋に入り、後ろ手に襖を閉めるとすぐに腕を引いて強引に私を組み伏せたのです。滑るようなその手つきに、わたしは驚く暇もなかった。 だって、この廓の中でもあなたは有名なんですよ。いい男だと、一度は抱かれてみたいと、廓の女なら、いえ廓の女でなくとも言うものです。だからわたしは驚くと同時に、なにか誇らしい、くすぐったい気持ちを覚えたのです。 だけどあなたは無言だった。始終何も言わず、何かに追われるように事を行いましたね。あなたの顔が歪む瞬間さえ、わたしには見る暇がなかった。 ・・・・・いいえ。あなたの顔が全く見れなかったわけではありません。 一瞬だけ、わたしはちらりとあなたの表情を盗み見たのです。暗い行灯の火に浮かび上がった、あなたの端正なお顔を。 その瞬間、わたしは愕然としました。 あなたは、極めて無表情でした。しかしそれが示していたものは間違いなく、「軽蔑」でした。 例えるなら、芋虫か、あるいは獣のはらわたを見るような不快な目つき。 その冷たい視線にさらされた瞬間、嫌な音で心臓が鳴りました。同時に激しい羞恥心と底の深い恐怖に襲われました。 何処から湧き上がるのかわからない、だけど確実に増幅するそれ。わたしは思わず、その場から逃げ出したくてたまらなくなったのです。 畳の上をはって逃げ出したい、障子を開けて叫びたい、そう思いながら畳の目に爪を立てていました。 だって、わたしだって、こう見えてもこの廓で一、二を争う者です。今まで江戸に出てきて、様々な男を相手にしてきましたのよ、だけどあなたのような目で見られたことは一度もなかった。 ・・・・ごめんなさい、少し言い過ぎましたね。 とにかく、そうして素早くわたしを抱いた後に、あなたは何も言わずに出て行った。 だから二度目にあなたがいらっしゃったとき、わたしは始終怯えていました。 そんなわたしを見て、同僚の女の子たちは笑いました。「何をそんなに怖がっているのか」と。そして嫉妬交じりの甘い声で、「土方さんに二度も指名されるなんて、あんたがうらやましいわ」とも。 わたしは軽く笑いました。 その瞬間から、また、嫌な音で心臓が鳴り始めました。 じわじわと、羞恥の念と恐怖の念が全身に染み渡っていく確かな感覚。 あなたは感じたことがありますか? そんな感覚、肌の上を蛇が張っていくような感覚を、一度だって感じたことが。 本当に怖かった。逃げ出したかった、だから始終目を閉じていました。 ええ、ただ手と足と耳と舌とあなたを受け入れることだけに神経を集中させていました。 三度目は、訪れませんでした。きっと永遠に三度目なんてないのでしょうね。 あなたは次々に廓を変えると、耳にしたことがあります。 なるほどそうでしょう。あなたは猫のようだから。 それに、わたしは明日身請けされるのです。越後屋の若旦那様に。 いいお方です。わたしのような者が、あの方にもらっていただけるなんて思ってもいませんでした。 初めてあの方に会ったときから、きっとわたしはあの方に心を奪われていたのです。 日々思慕の情が募ります。ほんとうに、わたしは今、とても幸せなのです。 ・・・・けれど、なぜか。 夜空に浮かぶ満月を見ていると、あなたのことがふと思い出されたのです、土方様。 何故でしょうね。 もう二度と会うことはないでしょう。もし会ったとしても、あなたのことです、きっとわたしの顔なんて覚えていないでしょう。わたしも忘れます。 けれど。わたしはあの日、あなたが去っていった部屋で一人、窓際で月を見ながら思ったのです。 あなたを愛してしまった女は、かわいそうだと。 しかし同時に、こうも思いました。 あなたに愛されてしまった女は、もっとかわいそうだと。 窓のムスメ |