ホームの白線より少し下がって立つと、すぐに電車は来た。 車内は、思ったよりすいていた。沖田と山崎は、適当に空いているスペースに腰を下す。 山崎は、 「なーんで山手線なんて乗らなきゃならんのですかね」 と、頭を後ろの窓枠に乗せて言った。 つられて沖田も、見上げるように天井に視線を動かす。カサカサ、と音を立てて空調に揺られるつり革の広告には、誰でも知っているような女優が写っていた。その笑顔がこちらを見るたびに、なんだか虚しい気分に陥った。 自然、愚痴がもれるというもの。 「あーかったりぃ」 「沖田さん俺の話聞いてます?」 その一言で更に虚しさは増す。真剣に、横のやつを永遠に黙らせようかなと考えた。 しかしそんな隣の心情を知らずな男は、なおも口を止めようとしない。 「だから。なんで俺達が二人で、山手線なんかに。しかも真昼間から」 「全部土方さんに聞けばいいだろーがよ」 「聞いたって教えてくれるタマじゃないでしょう、あの人は」 殺されます。と真面目に言った山崎を見て、沖田の不満はますます上昇していく。うなぎのぼりである。 とにかく土方より何より、今はコイツがうざい。 「俺は電車嫌いなんだ、そろそろ黙らねぇとぶっ飛ばすぞ山崎」 と、次の駅で、ゆっくりと入ってきた男がいた。 彼が近づくと、沖田の右隣に座っていた客は席を立って違う車両へ移っていった。他の客も、なんとなくその男を避けているように振舞う。 男は、空いた沖田の右隣に、ゆっくりと腰掛けた。 「奇遇ですね、旦那」 沖田は隣の男を見るわけでもなく、向かいの席に視点を固定させたまま呟いた。 山崎は驚いている。続けて、 「だ、旦那。どうしてこんなところに」 「まぁ、ちょっとね」 銀髪をさらさらと揺らして、男は答えた。 どこか余裕のありそうな、二人にはもう馴染みとなった、あの男だった。 止まっていた電車が走り出した。ゴトンゴトンとゆれる車両に、便乗してゆれる景色が後ろへゆっくりと消えていく。 沖田は向かい側の窓に映った、隣の男の顔を見て話しかけた。 「しかし旦那、どこまで行くんですかい」 「ちょっと、上野までな」 「へぇ、そうですか。俺達は次で降りやす。」 隣の山崎は珍しそうに、ちらちらと目線を男と沖田のほうへ向ける。 沖田の向かいに座っている主婦の二人も、何やらこちらを不信の目で見ている。 「電車は嫌いでさぁ」 と、沖田がふと隣の男を見ると、彼はどうやら眠っているらしかった。返事がない上に、頭が舟をこいでいる。おもっくそ。 寝顔を見て、沖田は思った。 普段から真意がつかめないような顔をしている。けれど、眠っていると特に意味不明な顔になる。 いや、違う。 目だ。 と、沖田は思う。 旦那は目が違う。いつもは死んだような目をしているのだが、いざとなると目つきが豹変する。一度だけ、沖田は死んでいない男の目を見たことがある。そうだ、あの目には光があった。本気で対峙して、果たして勝てるかどうか。自信がなかった。 「あ、沖田さん。着きますよ」 山崎がそう言って声をかけた。 沖田は軽く首をならして立ち上がると、振り向いて男に声をかけた。 「旦那、じゃあ、また」 男はいつの間にか起きていた。軽く手を上げて、沖田のほうを見た。淡く笑った。 二人がホームに出ると、強い向かい風が吹いた。 反射的に手をかざす。髪がさらさらと乱れた。 そろそろ五月蝿い上司からの電話がなる頃合である。改札へ急ぐとしようか。 「あ、そういえば」 急ぎ足で山崎は口を開いた。 「あの人の名前なんだったっけ。」 沖田さん、わかります? 「あー・・・・・たしか、武蔵とか、そのへん。」 さて、これから一仕事。 アナウンスにのせて [初出 2008.1.23] |