近藤さん、こりゃあやばいですね。
その声が、やっぱりというか、なるほどというか、いつもの彼の口調とは違って、震えていた。

「総悟、俺の言うことを聞いて」

くれるか。そう言おうとした近藤は、今度は右斜めから切りかかってくる激しい太刀を受け止めた。
派手な金属音と赤い火花が、暗闇に走る。しかし辺り一面に錯乱している無数の人間の怒号によって、それもすぐに消えた。
いきなり、どす、という鈍い音が背中に走る。
自分の切っている人間の血を浴びる以外に、人間というものの「温かさ」を感じることのできる唯一のそれ。
背中越しの、しっとりとした鼓動。
通常よりはやや早めではあるが、今の近藤にとって沖田の背中は、肌で感じることのできる唯一の「温かさ」だった。
敵の一太刀を受け止めながら、沖田は切れ切れに言う。
「ひどいもんでさァ、」
笑っている。歯軋りをして、刀越しに敵を睨み付けた。しかし、
「すまん。」
背後から聞こえた馴染みの声で、沖田は危うく振り返りそうになってしまった。そしてすぐに、振り返りそうになった自分を悔やんだ。心臓がうるさい、まわりのやつらがうるさい、目の前にいる敵がうるさい。
・・・・・やっぱり、こうなってしまうのか。


「総悟、行け」


沖田は、小さなため息をつくやいなや、瞬時に体を真下に屈めた。行き場を失った男の刀は、男の体ともども、無様に前のめりになる。 下から眺めた男の腹のあたりを、横一文字に斬った。

(こんなときぐらい、笑わなくていいのに。)

横に走る自分の手の動きを、どこか画面越しの風景のように眺めながら、沖田はふと、そう思った。
近藤が次の太刀を受け止めるころには、沖田は遥か後方の闇に消えていた。









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[初出 2008.1.25]