「俺ァね、旦那」 団子の一つを串から抜いて食べる。美味い。 季節は春。五月晴れの午後である。 自らの美しさと儚さを顕示するかのように咲いていた桜はいつの間にか散り、代わりに、木々は緑を生み、加えて空には、色とりどりの鯉が鱗をはためかせ始めた。 「お二人はん、柏餅はいかがどす。」 京都なまりの女将が声をかけてきた。 話を続けようとした沖田に代わり、銀時は「いや、またにする」とやんわりと断った。 隣の沖田はひくりとも動ぜず、青すぎる空を仰いでいた。 悟りでも開いたみてぇな、白けたツラしやがる。 と、銀時は思った。 仕方ない。今日は五月晴れである。これに、団子の美味さ、そして大人の余裕も加えて、許してやろうと思う。 「姉上が、大好きだったんですよ」 「・・・・・・・知ってるよ、んな事」 まぁ、黙って聞いて下せェ。 銀時を見てくすりと笑った沖田は、再び空を見上げた。 「で、姉上と同じくらい、近藤さんも大好きだったんでさァ」 あ、勘違いしねぇで下せェ。今も惚れてますぜィ。 とも、言った。 少し、顔が曇る。 「・・・・だから、姉上には、この人しかいねぇと思ってたんです」 「・・・・・・」 「姉上が幸せになるにはこの人の嫁になるしかない。いや、それ以外の男なんて有り得ねぇ。近藤さんなら、絶対姉上を幸せにしてくれるし、姉上は、そんじょそこらで探しても見つからねぇ、いや江戸中、そうだな、京で探しても見つからないくらい、外も中身もいい女だし。だから二人に・・・・結婚、して欲しかった。幸せに、なって欲しかったんでさァ」 「・・・・ヘェ。それは初耳だ」 そりゃぁ、初耳でさァ。誰にも話してねぇんだから。 と言って、沖田は笑った。 「じゃあなんで俺に言うんだよ」 「言いたくなったからです。」 「なんだそれ。」 理由になってねぇじゃん。と、茶をすすりながら銀時は答えた。すると沖田は、 旦那はやっぱり、面白いお人だ。 と、言って優しく笑った。話を続ける。 「俺だって、姉上を嫁にはやりたくなかったんでさァ。近藤さんに会う前は、このまま姉弟二人で暮らして一生を終えてもかまわねぇって思ってたくらいですぜ。だけど・・・近藤さんなら。」 近藤さんなら。・・・・・姉上を、渡してもよかったんでさァ。 最後にぽつりと、そう零した。 空を仰いでいたはずの沖田の頭は、いつの間にか下に垂れていた。 それは、まるで許しを請うような姿だった。懺悔にも、似ていた。 彼の目には、今や行き交う人々の様々な足しか映っていないであろう。 足、足、足。様々な色とりどりの靴が、流れるように消えてゆく。 「・・・・・・なのに、あいつが、」 ぐっ、と膝の上に置いていた右の拳に力が込められる。よほど強く握っているのだろう、指が白くなっていた。黒い隊服と、その白のコントラストが眩しいと、銀時は思った。 「台無しにしやがった。全部、ぶっ壊しやがった。」 全く、酷ぇやつだと思いませんかィ、旦那。 そう言って、くつくつと、笑った。 「・・・・・世の中、思い通りにいかないことばっかりで、いけねぇや」 悲しい、しかし優しい顔で、沖田はそう言った。 何に対してだと言うのか。しかし、それはきっと懺悔に似ていた。 と、いきなり銀時が、ぐわっと沖田の頭に手をのせた。突然のことで、沖田は目を丸くした。 「んなの当たり前だろうがよ、少年。」 銀時は、彼独特の笑顔を見せて言った。 「逆にお兄さんは聞きたいね。世の中に思い通りにいくことなんて、一つでもあんのかーってな。」 そしてまた、ぐいっと沖田の頭を押して、手を離した。 目を見開いたまま沖田は、しばらく呆けていた。そしてまた、くつくつと、笑った。銀時も笑った。 二人で、しばし、笑った。 一しきり笑った後、沖田がすっと立ち上がった。 脱いだ上着を肩に掛けながら、今日は俺のおごりでいいですぜ。 と言った。 笑っていた。 しかし自嘲や懺悔の色は片時もない、晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。 例えるなら、そう、彼らの頭上に広がる五月晴れである。 余談ではあるが。茶屋を去り際、沖田はふと振り返り、先ほどの女将に 「柏餅、5個くれい」 と言った。 「お。どうしたよ。柏餅なんか買っちゃって。あいつらに土産か」 「実はそうでもねぇんでさァ」 「何々?何企んでんのお前」 「これに下剤を入れて土方さんの腹を下してやるんでさァ」 「そいつはいいな。検討を祈るぜ沖田君」 「任せて下せェ。なんてったって、五月の風物詩ですからね」 それはきっと [初出 2007.12.27] |