落ちていく感覚はなかった。既に消えていた。
ただ、視界から遠ざかる世界と、誰かの声だけが耳を打った。

ばちが当たったんだな。

ふと、そう思った。にやりと微笑む。
この二年間、ずっと苦悩していた。絶望していた。だけど、それでも幸せだった。
激しい絶望と深い拒絶にまみれた世界。消えてしまえ、塗りつぶしてしまえ、目を背けてしまえ。
どれだけそう呪ったか知れない。
・・・・・だけど世界はそれだけじゃない。消さずに描け、潰さずに染めろ、目を背けるな。
それぞれ、不器用だがそう言ってくれた人に出会えた。

たくさんの人間の顔が、浮かんでは消え、浮かんではすぐに消えていく。それは、母と父だったり、街ですれ違っただけの通行人だったり、アカデミーの教官だったり、画面に映った国防委員長だったりした。
・・・・・そして、


「ラスティっ!!!!」


ありがとう。泣きたいくらい俺は幸せだ。でもなんでだろうな、悲しいよ。
ああ・・・・そういえば。悲しいと涙が出るんだったな。


「くっそぉおおおおお!!!!」


誰だよ、とぼやくと同時に、苦笑が漏れた。
んったく。叫ぶなよ・・・・アスラン。


今度は、次第に耳が遠くなっていく。
ガラス越しに世界を見ているような、水中に沈んだような、そんな感覚。それらはラスティの視界の上を、不自然にゆったりと流れていった。
誰かが叫ぶ声、爆音、何かが燃えるような焦げ臭い硝煙と混ざって鼻を突く、血の匂い。
それらが不気味なほど、のんびりと動く。それらはラスティの前に横たわり、永遠に続くと思われた。
しかし、それらはあるときを境に無音に変わった。

激しい弾丸の音、爆発音に絶叫。全てがもう聞こえない。
鼻を突く異臭が消え、ラスティは微笑んだ。そして、のんびりと思った。

なーんか、俺、ホントにバカだな、と。

虚しくてかっこわるくて、結局は捨て駒で、ひっくり返ったって話の主役になんてなれない。
始まる物語に、俺はいない。ホント、お前らとは正反対だよ。
もともと柄じゃなかったんだ。
俺はそういう、情熱とか立場とかっていう類のものはこれっぽちも持ってなかったんだからさ。
・・・・で、柄にもないことした結果がこれか。ラスティは、もう一度笑った。

その結果が犬死なら、俺は正真正銘のバカだ。

(本当に救いようのない、バカだよ・・・・お前は。)

冷たい言葉とは裏腹の温かい声が脳髄の奥で響く。同時に、誰かが微笑んだ気がした。
どこでいつ誰が言ったのかはわからないけれど、とても優しく穏やかなそれ。
ラスティは、ほんとにな、と微笑み返す。


「でもさ、」


そこで、ラスティの視界は黒で塗り潰された。
一つの世界が終わった瞬間、その物語は始まっていく。






そして始まる物語


Fin.
後書き
[初出 2008]