昼下がりのワルツ



フレイ・アルスターは不機嫌だった。

「君が今日戻ると知っていたら、もう少しきちんと準備したんだが」
「いや。突然予定を縮めたのはこちらのほうだ。すまない」
「相変わらずだな。そんなにかしこまらなくていいだろう?それよりどうだった。あちらの国は」
自分のすぐ横では、父が話しをている。
大きな木製のテーブルに腰掛け、たった今運ばれてきた魚料理に手をつけている。ワインが出てきたせいだろうか。父は少々、饒舌だ。
「相変わらずだ。しかし劣化が激しい。どうにかして手を打たなければ」
「君の遺跡好きは昔からずっと変わらないな。覚えてるか?」
本来ならば今は、他ならぬ父と自分との2人で少し遅めのブランチを満喫するはずだった。
しかし現在の状況は、フレイの予定と弱冠異なっている。
例えば。

「フレイさん?」

そういわれてドキリと心臓が跳ねた。
今まで眺めていた人物が不意に、声をかけてきた。
「元気みたいだ。なぁ、フレイ」
父が笑顔を向けてくる。フレイは少々引きつった笑いながらも(フレイ以外のこの場にいる人間は、何の変哲もない普通の笑顔だと思ったであろうが)ゆっくりと、斜め前の人物に対して返答した。
「ええ。パトリックおじさまは?」
「この通り、元気だよ」
自分の斜め向かい側に座っている父の旧友の彼は、名をパトリック・ザラと言う。
父と彼は親友で、頻繁に連絡を取り合っていた。父は昔から、カレッジで同期だった彼のことを甚く気に入っているようだった。
カレッジ時代の彼は、女性に大変人気があったこと。
彼の妻が、今は亡きフレイの母と友達だったこと。
父の紹介で、彼は彼の妻と出会い、恋をした末に結婚したこと。
その妻が亡くなった後は、息子と2人で遺跡調査の旅をしていること。
穏やかな昼下がり、日の差し込む書斎。
自分を膝の上に乗せ、穏やかに、そして懐かしむように話す父を見ながら、フレイは心の中で密かに、彼に会ってみたいと思っていた。
容姿端麗。成績は常にトップ。女性に人気がある。
普段人をあまり褒めない父がそうまで言うのならば、よほどの人物なのだろう。そう思っていた。

そんな彼が、今自分の斜め前に座っている。
彼は父の言っていた通り、そしてフレイの予想通りの顔立ちだった。真面目で厳格そうで、だがきちんと整っている。偽善ぶった笑顔を撒き散らすような人間(悲しいことに父の知人の多くがそうであるのだが)ではないだろう。
しかし、彼の態度や顔立ちは、今まで会ったどの父の知人よりも端正で、そしてそれがフレイに好印象を与えた。厳格な顔だが、その端正さは確か。彼がカレッジ時代に女性に人気があったというのは、決して単なる誇大表現ではなかろう。
父は人を見る目がある。それが今ここで、確かに証明されたようだ。
「それよりパトリック、」
「なんだ」


「アスラン君の紹介をしてくれないか?」


フレイはふと、不機嫌になる。
パトリックはナイフを横に置き、丁寧な仕草で水を飲む。そして隣に座っていた(つまりフレイの真正面だ)少年に視線を向け、「ジョージとフレイさんに、自己紹介を」と言った。少年はほんの少しだけ目を細め、その後こちらに視線を向けた。


「アスラン・ザラです」


フレイの不機嫌。その原因は専ら、目の前に座っているこの少年だ。
淡々と自己紹介をする彼を見つつ、そして決して自身の感情を悟られないように気を払いつつ、フレイは心の中で思った。

なんなの、コイツ。

父は好きだが、唯一気に入らない点を上げるとすれば、それは金持ちの御曹司との食事だ。
父が客人との会席でフレイを同席させるときは必ずと言っていほど、どことかの御曹司が自分の前に座っていた。隣で父の話を聞きながら、御曹司に作り物の笑顔を振りまく。そして無駄と頭では理解しつつも、話を弾ませ、食事に手をつけ終焉を待つ。大抵はこの繰り返しだった。
数分前まで、今日も例のように退屈な時間をすごさなければならないと考えると、あのパトリック・ザラがいるとはいえ、やはりいい気はしなかった。

だがどうだ。目の前のこの少年は。

「電気工学か。これはまた、パトリックとは正反対だな」
「いつも分厚い本ばかり読んでいるよ。私にはさっぱりだが」
「しかしアスラン君。君はなぜ、電気工学を?」

もう一度、目の前の彼を見る。
数分前、いつものように退屈な時間を過ごすのだと高をくくっていたフレイは、いつものようにうんざりしていた。しかし、やはりいつものように作り物の笑顔を浮かべ、席に座った。
だが、目の前の少年はまるで気がないといったように、無心に皿の上の料理をつついているのみだ。笑顔どころか、こちらからは表情さえ満足に覗けない。

フレイは苛立っていた。
いつもの御曹司達が向ける笑顔は、常に自分に対してであったのに。なんだ、この少年は。笑顔一つ、よこさないではないか。
御曹司達の笑顔はあまり好きではなかったが、逆にこうもあからさまにふてぶてしい態度をとられると、こちらだってカチンと来るというもの。
声を大にして、今ここで教えてやりたい。
あなたは何事に対しても「適度にやる」という事を教えられなかったの、と。

「母の影響です」
「ほう。レノアさんの」
「ええ。母は研究職についていました。幼い時によく」

アスラン・ザラと言ったその少年は、しかし父の問いかけやパトリックの問いかけに対しては丁寧に答えていた。
品のよさ、人柄のよさ。真面目さ、誠実さ。
それらを凝縮したかのような顔で、ゆるりと会話している。

フレイは余計に、不機嫌になった。
その品のよさは本物であるという事に間違いはなく、誠実さもあながち嘘ではないのかもしれない。だが、無性に腹が立つのだ。

いつもと違うからか。
それとも、自分に笑顔を向けてくれないからか。
原因は自分でもはっきりしないのだが、なんとなく嫌なのだ。

席を立つ。
突然の事に、フレイ以外の3人が面食らったような顔で見つめてくる。
少年のきょとんとした顔を見て、不本意にも戸惑ってしまった。
コイツ、こんな顔もできるの。
「どうしたんだ?フレイ」
父がこちらを見上げてくる。だがその時のフレイには、父の心中を考慮する余裕はなかった。


「気分が悪くなったみたい。少し、風に当たってきます」


そう言い残して、フレイはその部屋を後にした。







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