昼下がりのワルツ



アスラン・ザラは疲れていた。

目の前に出された食事に手をつけながら、ちらりと窓の外を見やる。
・・・・こっちの空は、相変わらずだな。

彼は父親に連れられて、遺跡発掘調査をしていた。
母の死後しばらくしたある日、遺跡の研究に専念していた父が彼に告げた。

『旅をしようと思う。実地調査を。・・・お前は、どうする』

突き放すような、でも完全には放置するとは言わない、いつもの父の厳格な声だった。
しかしその顔には疲労と困惑の色がわずかに滲んでいたことに、気づかないほど彼は愚かではなかった。

旅。遺跡をめぐり、劣化状況を確認、そして発掘。
確かに楽ではなかったが、自分の興味のあった電子工学が調査の際に活躍し、現地の博士には興味深い話を聞くことができた。
充実していた。父との絆も、より深くなったような気がする。
別に、特筆するような出来事はなかったのだけれど。

「それよりどうだった。あちらの国は」
「相変わらずだ。しかし劣化が激しい」

5つ目の遺跡を回ったところで、父が突然帰ると言い出した。
なぜ突然、という疑問が胸を掠めない訳ではなかったが、彼は父と共に、何年も離れていた彼の故郷を訪れた。
しばらくぶりの、この国独特の空気。 淀んでいるように見えて、実は若干の暖かい湿り具合。 若草の匂いと、それをゆるりと運ぶように流れる風。 調査の中で肌を叩いたそれではなく、独特の”人”を感じさせる風。 そしてこの国の象徴ともいえる、常に移り変わる曇り空。 灰色、いつ泣き出すかもわからないその空は、アスランに故郷に帰ってきたという事実を切に感じさせた。
この国を、この国足らしめる物々。それら全てが内包する懐かしい香りを全身で感じ、いつの間にか悲鳴を上げ始めていた体がゆっくりとほぐされていくのを知覚したアスランは、しかしその体に鞭を打って父に付き添った。

ふと、顔はそのままに目線だけを横に泳がす。
そこには彼の父であるパトリック・ザラの、厳格な横顔があった。
彼が幼い頃から見てきた父という人間は、その見た目通りの強い男だった。
そう。妻が死んでからより一層口数が減った彼の父親は、しかし悲しみに暮れ、その他の事を蔑ろにするような弱い人間ではなかったのだ。
その父が遺跡調査をすると言ったときのみ、今まで決して見せなかった疲労と困惑の色を、その顔にわずかに覗かせたのだ。 自分だけに。
・・・・ならば、そんな父を支えるまでだ。
そして夢を・・・・父の夢を実現する。その手伝いをする。 父の横で、隣で。
そのためならば、何だって耐えてみせる。そして何だってする。
彼がそう決意したのは、もうずっと前の事だ。

だからこの食事にも、当然のごとく参加したのだが。

「元気みたいだ。なぁ、フレイ」
「ええ。パトリックおじさまは?」

目の前に座る、笑顔の少女を見やる。
・・・・・どこかで見たことがあるような気がするのだが。
一通り思考を巡らせたアスランは、しかし父の親友の娘ならば一度や二度会ったことがあるかもしれないな、と納得し、皿の上の白身魚のポワレにナイフで切り込みを入れた。
この国の食事は久しぶりだ。
この独特の匂い、やはり俺もこの国の人間だな、と実感するとともに、アスランはナイフを口に運んだ。 調査に出る以前はこんな形式ばった食事はどうも自分に合わないと考えていたのだが、しかしゆるりと口に運んだそれは、今の自分が切望してる味だった。
しばらく無心でナイフを運んでいたところ、何かの視線を感じた。
調査の際に身についた、敵意に敏感に反応する神経が高ぶるのを感じたアスランは、しかし反対にゆっくりとした動作で顔を上げた。すると、少女の怒ったような視線にぶつかった。
先ほどの笑顔とは比べ物にならないほどの変貌振りに唖然とするのも一瞬、その顔があまりに真剣で、彼は必死に噴出しそうになるのを耐えた。

「電気工学か。これはまた、パトリックとは正反対だな」
「いつも分厚い本ばかり読んでいるよ。私にはさっぱりだが」

フレイ、か。
父や彼女の父親には笑顔を見せているのに、俺のほうに向き直った瞬間、その笑顔が険悪になる。 今まで自分にこんな顔を向けた女の子はいなかったよな、と思いつつ、自分が彼女に対して興味を抱きはじめていることに気づいた彼は、わずかながらも驚きを覚えた。

他人にはあまり興味を持った事がなかった自分が、事もあろうか自分を敵意むき出しで睨みつけている女の子に興味を抱くとは、いかにもあべこべだな。呆れるほどの矛盾に心中で苦笑しつつも、アスランは端正なその顔に、そのままの涼しい顔を浮かべ続けることにした。
と。


「気分が悪くなったみたい。少し、風に当たってきます」


驚いた。まさか食事を中断するとは。
いきなり席を立った正面の彼女と、目が合う。 その、今にも崩れてしまいそうな笑顔を見て、アスランは思った。 彼女の父親と自分の父に対しては絶えず向けていたその笑顔が、崩れかけている。
・・・・意外に、もろいのかもしれない。
しかしアスランを含めた全員が呆然としている間に、フレイは部屋を出ていってしまった。
彼女の父親がワンテンポ遅れて、追うように叫ぶ。

「フレイ!大丈夫なのか!?」

その声をぼんやりと聞いていた彼だったが、直後自分がとった行動には驚かざるを得なかった。




「おい、どこに行くんだ。アスラン!?」




唖然とする父親2人をよそに、アスランはその場を後にした。
走っている赤いベルベット敷きの廊下がやけに長く感じられた。
しばらく走り続けたものの少女の姿は見つからず、この家はバカみたいにでかいな、それだけを呟き、再び疲労感が押し寄せてきた体で駆け出した。






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