Chapter 1 ; side Athrun



きらきらと波に乱反射する太陽の光。
何で俺はこんなところにいるんだ。
アスランは自分に問いかけようとして、やめた。

ここは、ガルナハンという街。地中海に面している、比較的すごしやすい気候だ。数百年前は避暑地として賑わっていたと聞く。
初めてこの街を訪れた人間であるならば、この街が数日前ザフト軍によって開放されるまで地球軍の支配を受けていたという事実に驚きを隠せないだろう。 実際人々は活気があり、自由を手にした喜びで溢れている。今まで敵国だったザフト軍の兵士が許可証すら持たず歩くことができるのだから、その威容ぶりは郡を抜いている。
この異様なほどの活気。それほどまでに、地球軍の支配は激しかったのだろうか。
いやザフト兵である自分がそのようなことを言っても、全く意味がないのだが。

・・・・それより。
今日の彼は、様々な災難に遭遇しつづけていた。
彼の災難は目覚めから。気がつけば覚えのない女の子と同じベットに寝ているし(何もしていない。・・・いや、した覚えはない) 、それが元で一人の同僚に口を聞いてもらえないし(彼女にも何もしていない。していないのだが)、もう一人の同僚には何やら含み顔でニヤニヤと冷やかされる。
だがそれも、彼に数々の災難を与えた張本人、もといミーア・キャンベルその人が予定通りヘリで帰れば午後から涼しい休暇を満喫できるはずだった。
だったのだが。

そこまで考えて、ふと空を見上げる。眼前に広がるのは、憎らしいほどにすばらしい晴天だ。
雲ひとつない上空に浮かぶように飛んでいる白い鳥を一瞥して、アスランはまたひとつ、ため息をついた。計画していた予定はどうも、実行に移せそうにない。

アスランの休暇の予定、それは工具屋へ行くこと。
オーブから持ってきた自分の荷物はブリーフケースただ一つ。 その中には私服と、パソコンと・・・・工具。 使うことはないと解っていたのだが、なぜかどうしても持って行きたかった。 そしてミネルバに配属されたあとで初めて気づいたのだが、どうやら工具の一つ・・・平型ドライバーが入っていなかったのだ。
よほど焦って入れたのだろうか。
確かに、今自分がザフトにいるなどと、少し前までは考えもしなかったが。
ふと、キラやラクス・・・そして、カガリの顔が頭をよぎり頭を振った。
こんなことを考えている場合じゃないんだ。

特務隊ともなると、作戦会議などにより一般兵よりも勤務時間が多くなる。数少ない休暇を、この街の工具屋でドライバー捜しに費やそうと・・そう考えていたのに。
朝、ミーアを送ってホテルの自分の部屋に帰り、私服に着替えたところでベルが鳴った。

『アスランはん、いらっしゃいますかなあ』

この特徴的な、気の抜けるなまりが入ったしゃべり方は・・・

『わて、いえ自分は、ラクス様のマネージャーです。さっきも会いましたよな。』

部屋に備え付けてある小さなディスプレイに接近しすぎて映る中年男性の顔に内心ぎょっとしながら、ふと目を細める。
何で彼がここに?が、その答えははアスランを驚かせるに十分すぎた。


『で、ラクス様、伺ってませんかなあ』

・・・・・は!?


『いやだから。ラクス様はそちらに伺って、』
「だってラクスは今さっきヘリで、」
『いえ、それが。なんかアスランはんに送ってもらったあと、ラクス様がいきなり忘れモンしたっちゅうてホテルにお帰りになったんですわ。すぐに戻るっちゅうたのに・・・。でも、結構たっても戻らんさかい、心配になって部屋に行ってみたら、・・・もぬけの殻という訳ですわ』
「・・・ちょ、それって・・・」
『そうなんですわあ・・。ラクス様いらっしゃらないんですわぁ。てっきりアスランはんのとこに行ったのかと思ってたのに・・・。もうどないしたらええんやろ!!!わてクビですわ!!どないしたらええんやろ!?ここはもう警察にとどけるか・・・。でも、でもそんなことなったら・・・うわあああああラクスさまあああああ!』
「と、とにかく落ちついて下さい」
『これが落ち着いてられますか!!あんたは鬼ですか、鬼!!』
「いや、だから・・・」
『あんたにとってはわてはどうでもいい中年マネかもしらんけどなあ!!わてだって命かけとるんですよ!!』

そこではじめて、アスランのこめかみに青筋が浮き出た。
先日怒鳴ったばかりの部下のあどけない顔を思い浮かべ、腹に力を入れた。
・・・・どうしてこう、俺の周りにはこういうやつが多いんだ。

「だから!!」
『なんや!?』
「俺も探します!!!」
『・・・・は?』

そこで、お互いを包む空気が止まった。
アスランは、ゆっくりと深い息を吐き、仕方なく言う。

「手分けして、ラクスを探しましょう。私も探しますから」
『アスランはんも、ですか・・・?』
「はい。私は街の方を探してきます。警察には、まだ知らせないでください。事が大きくなりすぎます。それだけは避けたい」
『はぁ・・・・』
「夕方までに戻って来なかったら、仕方ありません。警察に連絡しましょう。もしかしたら、地球軍の残党やテロ組織に連れ去られたという可能性も」
『そんな!!!ら、ラクス様がうおぉおおおお!!』
「とにかく!早く探しましょう。そうと決まったわけではありませんし・・・。逐次連絡をおねがいします」
『わかりましたわ。こっちも探してみます。アスランはん、頼みまっせええ!!』
「・・・はい」

・・・・というわけで、貴重な休暇をミーア探しにあてる事になったのだが。
・・・・が。

あー、くそ。どこにいるんだ。
ミーアは自分の意志で消えたのか。それとも・・・・。
いや、そんなことはない。やっと数日前この街は開放させられたばかりだ。ここでラクス・クラインを拉致、なんて事は地球軍にとって全く利益にならない。しかも俺たちが泊まっていたホテルは厳重に厳重を重ねた警備システムを用いている。 内部から出かける以外は、侵入など不可能だ。
・・・ミーアみたいに目立つ格好で街をうろうろしていたらすぐに見つけられるはずだが。
が、自分で失踪したなら変装はしているだろうし、あの髪もまとめているか、隠しているかしているだろう。では、と女の子が行きそうな場所を一通り考えて行ってみたのだが、考え初めてこれが愚問であることに気がついた。

・・・そもそも女の子が行きたい場所ってどこだ。
花屋?服屋?カッフェ?・・・・その他に思いつかない。
こんなことならルナマリアに聞いてくればよかった。
いやダメだ。ルナマリアは今日はまともに口を聞いてくれそうになかったんだ・・・。

アスランは、彼の頭をハツカネズミにしてぐるぐると考えていた。
その眼前では、眩しい程の太陽の光が水面に反射し輝いている。
お姫様は、失踪中。






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