Chapter 2 ; side Meer



心地よい風が目前の海の香りをのせて駆けていく。
なんであたしはこんなとこに来ちゃったの?
ミーアは自分に問いかけた。

そもそもここ、何って言う街なのかしら。
ジブラルタルから近いのはわかるけど・・・。
ふと顔を上げて通りの建物の二階あたりを覗く。隣り合った建物の隙間と目深に被った帽子の間から、まぶしいほどの太陽光が瞳を一瞬、刺した。
見上げる先、しかしそこには初めて目にする知らない通りの名前しか刻印されておらず、ミーアは再び視線を落とす。 今度は灰色の石畳が視界一杯に広がる。ふう、とため息が一つ漏れた。と、

「ラクス様がさ、・・・・・」

という声が耳を打った。はっとして顔を上げると、見ず知らずの若い男性が、友達と思しき男性とジェラートを片手に談笑しながら、のんびりとミーアのすぐ横を通り過ぎていくところだった。

訪れたことも、ましてや知っていることなんて何一つないこの街。
だけど数日前、あたしが、”ラクス・クライン”が歌ったザフト軍の基地が、この街にはある。

ステージに立った瞬間のこみ上げるような興奮と自身の中で沸き立つ高揚感を思い出し、ミーアはふふ、と笑った。あの時ザフトの兵士さん達は、あたしを祝福してくれたんだ。
ザフトの兵士さんは、みんなプラントの為に命を賭けて戦ってくれてる。 そんな兵士さん達が、たった一時でも戦争の残酷さを忘れることができたなら、あたしはうれしい。
”あたし”は必要じゃなくてもいい。
例え一瞬でも、アスランみたいに戦っているザフトの人達を励ませるなら、癒せるなら、辛いことを忘れさせることができるなら、それでいいの。そのためにあたしはいる。

『それでこんなことを・・・・』

そうよ。あたしはそのためにいるの。


『きみじゃない。ラクスだ。本当に必要なのは』


わかってる。わかってるの。



「わかってるの!!!!」



心の中で思ったつもりが、声に出して叫んでしまった。 ミーアが気づいたときはもう遅く、道行く多くの通行人に怪しい目を向けられた。 しかし”ラクス・クライン”を見る目ではない事がわかり、ミーアは安心したような、なんだか居心地の悪い気持ちになる。
今更ながらに再確認する。ラクス・クラインでない人間はこういう目線を向けられるのだ、と。

ミーアはホテルに戻った際に私服に着替えて出てきた。もちろん彼女の長い髪は後ろにまとめられており、目深にかぶったキャップの中にきちんと隠されている。一見して彼女がラクス・クラインだとわかる人間など、ここにはいないだろう。

そんな少女を演じるのだって簡単よ。
ミーアは数ヶ月前まで”どこにでもいるありふれた少女”だったんだから。

ミーアは鞄からあるものをとりだす。
あるものとは・・・・”ホントの自分の写真”。
整形する前の、ほんとの”あたし”。
歌手になりたくて、ラクス様みたいに可愛くなりたくて、誰でもいいから誰かに必要とされたくて、がむしゃらにがんばってた”あたし”。
そう、”ミーア”はありふれた、どこにでもいる、誰からも必要とされない人間なのよ。
だから死ぬまで誰からも必要とされないミーア・キャンベルで居続けることより、死ぬまで誰からも必要とされるラクス・クラインになることを選んだの。

ふと頬に心地よい風を感じ、写真を鞄にしまった。
目の前の海は、輝いている。眩しいほどに。
だが綺麗すぎる、眩しすぎるものは見るのは辛い。鏡を見る事は辛い。まるで自分との差を見せ付けられているようだから。そう感じる自分がいるから。
そこまで考えて、ふと記憶を辿る。自分がこの街にきた訳を。


そう、あの時。
ヘリに乗る時、アスランとしばらく会えないなって思ったら。なぜかコンサートの時に感じた高揚感と罪悪感が混じったような感情が溢れてきた。なんでかな。 気づいたら、走ってたの。ホテルを飛び出して、がむしゃらに、思いつくままに道を走って・・・・走って、走って、気づいたらこの街に来てた。

何でこんな街に来ちゃったのかな。
何でこんな事考えちゃうのかな。
ラクス・クラインを演じるのは自分で選んだ道。後悔なんてしてない。
それに、間違ったことなんてしてないじゃない。
あの最高評議会の議長の頼みなのよ。
プラントの、ザフトの人たちの助けになってるの。
間違った事なんか、してないの。
なんであたしが罪悪感を感じなきゃいけないのよ。
そうよ。

・・・・でも、ヘリ乗るのすっぽかしたのは、まずかったな。
予定なら今頃、とっくにプラント行きの飛行機に乗ってるハズだもの。
そこでふと、あの変な訛りのある口調のマネージャーの眼鏡の顔が浮かんだ。ごめんなさい、と呟いて、帰ったら謝らないと、と思う。

そして、その後に、・・・・アスランの顔が浮かんだ。

今朝、寝ぼけたまま目にしたアスランは、今までのイメージが崩れるくらいに情けない顔をしていた。うわあ、とか、ひっ、とか、意味を成さない言葉を発していたその顔は、まるで少年のよう。
ミーアが今まで抱いていたアスラン・ザラという人物のイメージは、どちらかというと年齢より大人びている冷静な軍人のそれだった。だが、昨晩こっそりと盗み見たあどけない寝顔といい今朝の情けない顔といい、ミーアはこれがこのひとの本来の表情なんだろうか、という親近感にも似た温かい気持ちを抱いかずにはいられなかった。 忍び込んだ甲斐があったな、と密かに思ったりもしたのだ。

結局、それが元で彼の機嫌を損ねてしまったのだけれど。

今回だけではない、いつもそう。彼の機嫌を悪くするばかり。
彼にはいつも、一番に笑っていてほしいのにな・・・・。
アスランのその、思いつめたような、ぐっと口元を結んだ顔を目にするたび、やっぱり”あたし”だからかな、と、思わずにはいられないのだ。
あたしがラクス様だったら、本当のラクス様だったら、いとも簡単にアスランを笑顔にできるのに。
あたしはまだ一度も、・・・・ただの一度も、アスランの笑顔を見ていない。

そこまで考えて、ふと思い出す。アスランは今日は休暇を取っていると言ってたっけ。じゃあ、もしかしたらこの街を訪れるかもしれない。会えるかもしれない。びっくりするかな、あたしがここにいたら。

会えるかな。
会いたいな・・・・・。

「でも・・・・ここってどこ?」
「ドゥユゥアンダースタっ??」

唯一つれてきた赤いハロに尋ねてみるが・・・返事は返ってこない。
当たり前だけど。

「とりあえず、ここでじっとしててもなんにもならないよね・・・」
「ヘイヘイ!!」
「どうせなら、この街ゆっくり観光して、一日たっぷり遊ぼうっか?」
「ハロハロ!!」

今までのイヤな気分は吹っ飛ばして、今日は遊ぼう。
ラクス様じゃなくて、あたしに、”ミーア”に戻ろう。
今日一日だけ。一日だけだから・・・・いいよね?

「まずは・・・・なんだかあっちに可愛いカッフェがあるから、そこに行って、おいしい物食べよっと!」
「ヘイヘイ!!」
「で、その後はお買い物ね。」
「オウケイ!!」


お姫様は、失踪中。
王子様は、そんなお姫様を捜して疾走中。
さてさて、いつになったら2人は巡り会えるのか。






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