Chapter 3 ; side Athrun and Meer キラキラ光る水面と、心地よい風。 ここは、海の見える街。 どうして俺は、こんなところで女の子とお茶してるんだ。 アスランは自分に問いかけた。 そして思った。全ての原因は目の前のこの子だ、と。 目の前には全ての原因、もとい、むっとしているミーア。 白く透けるような美しい顔立ちを目深にかぶった帽子で隠してはいるが、そのいかにも不機嫌だと言わんばかりの表情は隠し切れていない。それは何より、彼女の醸し出す不機嫌なオーラが一番顕著に示しているとも言えよう。 アスランは再びため息をつく。 ・・・・どうしてこんなことになったのか。 頭を抱え、アスランは自身の頭の中で数分前の記憶を呼び起こすことにした。 そう。ミーアがいなくなって、探してて・・・。 ミーアの行きそうなところを当たってはみたが、見つからない。 しかし、ただ立ち止まっていても何も変わらない。 そう考えて、街の中を当てもなく歩いた。 そして街を歩いていると、ふと、賑やかな界隈に出た。 どうやら店がたくさん軒を連ねるストリートに出たらしい。 石畳が古き良きヨーロッパの雰囲気を良く醸し出している。 ストリートの出口の付近には多くのカッフェ。 蒼い海、エーゲ海に臨むカッフェは多くの地元民だけでなく、異国の人々の姿をかいま見る事ができる。 人々の笑いが絶えず、小鳥たちの歌い声が耳に心地よい。 この近くにザフト軍基地ジブラルタルがあるとは、考えられない。 そんな事を考えながら、ふとカッフェのほうを見やると、次の瞬間アスランの目はそこに釘付けとなった。 晴天の霹靂とは、まさにこのこと。カッフェではなく、その横のこじんまりした店がアスランの心を鷲づかみにしたのだ。 おそらく、普通の人間なら誰も見向きもしないような小さな店。 その店を挟む色とりどりの花が並ぶ花屋と賑やかなカッフェに存在を消されたかのようにひっそりと佇んでいるが、その店もやはり古き良きヨーロッパの雰囲気を醸し出していると言える。 風に揺られる小さな看板にはこう書いてあった。 「・・・・・工具屋・・・・」 そう。アスランの心を捕らえたのは、この工具屋。 自分の趣味兼特技を考慮しても、これには心を引かれずにはいられない。 ただでさえ入りたいのに。その上自分は今平型ドライバーが欲しい。 が。 だめだだめだ。俺はミーアを探してるんだ。 まあ彼女が地球軍にさらわれたなんてことはないと思うが、早く見つけなければならないことには変わりない。 おちおちしていると日が暮れる。 それまでにミーアを見つけないと。 こんなところで寄り道など。 ・・・・しかし。 一見するとこの工具屋はひっそりとしているが、意外にも老舗のようだ。もしかしたら・・・いや、平型ドライバーくらいならある。必ず。 ちょっとだけだ。 ちょっと店を覗いて、平型ドライバーを購入して終わりだ。 それだけのことだ。 だいたい、もとは休日だったのだ。これくらいの寄り道は許されるはずだ。 そう、たった数分だしな。ちょっとだけ。 そう心の中で決断を下し、その工具屋へ足を一歩踏み出したところだった。 そうだ。ちょっとだけだ。 ちょっとだ 「アスラン!!!」 振り返ってみると、そこにはずっと探していたお姫様。 踏み出した足をもどして、気まずそうに王子様は応えた。 「・・・・・ミーア、なんでここに・・・」 ・・・・というわけなのだが。だが、それにしても。 「もういいかげんに帰ったほうが・・・」 「イ・ヤ!!!」 まただ。アスランは再び、今日何度目かのため息をついた。 先ほど見上げた空は、相も変わらず己の頭上に広大に広がる。違う点といえば、白い渡り鳥が浮かんでいないことと、反対に浮かぶ太陽が真上ではなく少々傾いたこと、それくらいだ。 ミーアを見つけたはいいが、さっきから「帰らない」の一点張り。 彼女が地球軍やブルーコスモス、ザラ派に拉致されたのではないことがわかったので、ひとまず安堵はしたが。 当の本人は戻る気がまったく無いときた。 先ほどの工具店で、なんとか平型ドライバーを購入することはできた。できたのだが、ミーアがずっと自身の左腕にくっついていたおかげで店の内容に集中できない。 そんな2人を目にした初老の店主が、「若いモンはいいなあ」と頬を緩めれば、ミーアは「そんな。照れるね、アスラン」とかなんとか応えるし。耐えられなくなって早々に店を出てしまったというのが、恥ずかしいが事実なのだ。 それだけならまだ良かった。が、店の位置が悪かった。 店を出たミーアの目に入ったのは、隣に位置する華やかなカッフェ。 「あ、アスラン!ここでお茶しよう!ミーア、ランチまだなの」 「え?でもすぐに帰ったほうが・・・」 「イヤ!それに、アスランもランチまだでしょ?」 「あ、ああ・・・まあ・・・」 「じゃあ決まり!アスランも、ランチ食べるよね?」 「え・・・いや俺は」 「じゃあアスランは帰って。ミーアが一人で食べるから」 「ダメだ!!」 「じゃあ、アスランも食べてくれるのね?」 「あ・・・その・・・・・・・コーヒー一杯、だけなら」 「やった!ミーアうれしいっ!」 というわけで、ミーアと一緒にランチをすることになったのだ。 ああ。報告もせずにこんな所で、捜索していた当のミーアとのんびりとお茶してるとわかったら、俺は確実にマネージャーさんに殺される。 心の中で毒づきながら、目の前の彼女の表情を盗み見た。 ミーアは、満面の笑みを浮かべとても嬉しそうに食べている。 自分はアイスコーヒーだけしか注文しなかったのだが、彼女は大きなパフェを注文した。 そんな物が腹の足しになるのかと尋ねると、「なるよ。ミーアこういうの大好きなの。アスランも食べる?」と、これまたすごく嬉しそうに答えてくれた。 そういえば彼女は何でも、すごくおいしそうに食べる。 初めて会ったときディナーを一緒に食べたが、その時は自分の事で精一杯でそんなことには気づかなかった。 だが昨日のホテルで食べたディナーの時も、そうだった。彼女はひとつひとつのディッシュにコメントを添え、アスランに口に合うかを尋ね、そしてまたニコニコと食べていたように思う。 なぜだろう。そんな彼女を見ていると、自分の今日の苦労は造作もないことで、今なら気苦労やため息も笑い飛ばせるような気分になっている自分がいるから、また不思議だ。 そして、・・・やっぱり違う。そう思った。 この子は、ラクスと同じ顔なのに全く違う。 食事の時、ラクスがおいしそうに食べなかった訳ではない。彼女も食事の際は笑顔だった。 しかし、やはり違う。 この子は”ミーア”以外の誰でもない。 それなのに、この子は・・・・・。 そんなことを考えていると、ミーアがアスランの顔をじっとのぞき込んできた。そんな彼女に気づき、自身の視線を改めて向けなおす。すると彼女は、食事をする時のようににこっと微笑んで、言った。 「アスラン、やっと笑った。」 一瞬、何を言っているのかわからなかった。 そんなアスランを脇目に、ミーアはその笑顔を崩さずに言葉を続ける。 「初めて笑った」 「え。」 「アスランがミーアの前で笑ったの、これが初めてだよ。気がついてた?」 気がついてなかったでしょ?そう言ってまた、何とも照れくさそうに笑った。アスランはといえば、自分が知らぬ間に笑っていた事、そして今まで彼女の前で笑っていなかったという事実に驚いていた。 そして、なんとなく恥ずかしくなってごまかすように言った。 「・・・そうだったかな」 「そうよ!!アスランいっつもムスってしてるんだもん。ココにシワよせて」 そう言って、彼の眉間をパフェ用の長いスプーンでビシっと示す。 「ムスってしてる時もかっこいいけど。やっぱり、笑ってる時のほうがハンサムよ?」 「そんなことないよ」 「違う!アスランは、ぜっったい笑ってるほうがいい!」 「・・・そうか?」 「うん。ミーアが保証する!」 アスランは知らず、自分がまた微笑んでいることに気がついた。 笑うという行為を、そう言えば自分はずいぶんと行っていなかった気がする。 こんなふうに、自然とこぼれてくるものだったのか。久しく感じ得なかった想いに、苦笑のような、諦めのような微笑が浮かぶ。 だからアスランがこう呟いたのは、恐らく自然な成り行きだった。 「・・・ありがとう、ミーア」 ミーアは弾かれたように顔を上げ、動きを止めた。 不思議に思ったアスランが口を開きかけると、彼女は呆然とした表情を浮かべた後、すっと透明な涙を零した。 ぎょっとすると同時に、アスランの中で原因不明の罪悪感がふわふわと膨らんで行く。 「え・・・あ、ごめん、何か俺、」 その言葉を聞いて初めて、自分が泣いていることに気がついたようだ。ミーアはおろおろと視線を漂わせる。そうして苦笑するように微笑んだ。 いや、微笑もうとした。しかし次々とあふれ出てくる涙と嗚咽に驚いたように、彼女の視線は、再びおろおろと当てもなくさまよう。 耐えようと運んだ白い右手は、ゆっくりと口元を覆う。 そうして、ミーアの伏せたまつげからぽろぽろと零れ落ちる涙のつぶが、木製のテーブルの上に小さな水溜りをつくる。 アスランはふと、きれいだなと思った。彼女の涙か、木目のテーブルの上の水溜りか、それとも彼女自身の泣く様か、定かではなかったけれど。 「違う。アスランは・・、全、然。・・・、ぜんぜん悪く、ない・・・」 たどたどしく告げられる否定の言葉とは裏腹に、彼女の涙は止まるどころか次々と溢れ出てくるばかり。 しばらくはぼんやりとその光景を見ていたアスランだったが、ふとテーブルの周りを見てぎょっとした。 たくさんいる通行人は何やら耳打ちをしている。カッフェの店員たちは、怪訝そうにこちらを見ている。そして褐色の肌をした店長と思しき中年男性とその奥さんまでもが動きを止め、こちらを睨んでいる。 彼らの顔に一様に書いてあるのは、「お前が泣かせたんだよ」という一言。 いや、その、と言葉にならない言葉を呟いたアスランは、ぶんぶんと必死に首をふる。 (ちがうちがう、俺じゃないんだってば) が、大衆から返された視線は、さらに冷ややかさを増したもの。 ははは、と乾いた笑いを浮かべ、すがるように視線を投げる。今日一番の被害を持ち込んだ彼女の瞳に。 その時だった。ミーアの小さな声が、彼の鼓膜をゆっくりと打った。 「あのね、アスラン。ミーアの言うこと、聞いてくれる?」 アスランは何がなんだかわからないまま、少々の戸惑いを含んだ顔で見つめる。 するとミーアは、そんなアスランの目を正面から見つめ返して、言った。 「ありがとう。ミーアを見つけてくれて」 「そのことならもう、」 気にしなくていいと告げようとした声は、彼女の意思の強い声に遮られる。 「実はね。今日だけ戻りたかったの。」 「え?」 「ラクス様じゃなくて、・・・・”あたし”に」 はっとした。 その目に涙をいっぱいにためながら、しかし対照的に瞳の光はまっすぐに向けられている。 アスランは目が覚める思いだった。この子の瞳は、こんなにも強い光を持っていたのか。 「わかってる。自分で選んだ事だから、全部。ミーアが自分で、ラクス様の代わりになりたいって思って、選んだの」 誰かに必要とされたかった。誰にも必要にされてない自分がイヤだった。ずっと。 だからラクス様になればみんな”あたし”を見てくれるって。必要とされてるって。全部わかってたの。 ミーアがぽつり、ぽつりとつぶやいた孤独の痛み。アスランには痛いほどわかった。 必要としてくれる人がいるという幸せ。誰も自分を必要としていないという悲しみ。 自分はどちらも、知っているから。 「アスランは言ったよね。『ミーアじゃなくて、ラクス様が必要なんだ』って。その通りよ。アスランの言うとおりだった。 ラクス様を演じるたびに大丈夫、あたしは必要とされてるって感じる。でも、一人になったときに、・・・・気づいちゃうのよ」 その先は、彼女は口には出さなかった。 その代わり、場違いな満面の笑顔を向けた。 「それが耐えられなくなっちゃったみたい。 ほんとミーアはバカだよね。 その上今日だけ戻ろう、なんてさ、そんなの。」 それは太陽のような、しかし悲しい笑みだった。 なぜだろうか。先ほどまで美しく見えたエーゲ海。憎いほどに明るかった空。それらがなぜか、暗く見える。それは日が傾いたからという理由ですまされる類のものでは、もちろんない。 ミーアは何も解っていない、必要とされているのはラクス。 アスランは今になって初めて、彼女に会った際に言った言葉に深い後悔の念を覚えた。 ミーアはそんなこと解っていたのだ。 ・・・・それでも彼女は人のため、平和のためと歌い続けているのだ。 自分なんかよりも、この子の方が辛いはずなのに、いつも笑っている。 最高の笑顔で、笑っている。 常に自分の非力さを感じずにはいられない、そんな役を笑顔で演じ続けている。 ならば己は?・・・いつも眉間にしわを寄せ、彼女の前で笑顔の一つも見せなかった。 自身を振り返って出たむなしい答えに、悲しみよりも自嘲の念が先に出る。 やはりそうか。いつも自分だけで考え、閉じこもり、他人と線を引き。 ・・・・俺は何も変っていない。二年前から、何も。 「でもね・・・アスラン」 不意に声をかけられる。自嘲の笑みを浮かべそうになった分弾かれたように、目の前の彼女を見る。 「今日はアスランがミーアを見つけてくれた。ラクス様じゃない、”あたし”を。それがすっごくうれしかった! 最初は、アスランだってマネージャーさんに頼まれて渋々探してくれてるんだろうなって思ってたけど」 「いや、それは」 「でもね、それでもいいの。偶然でもいいから。アスランが”あたし”を見つけてくれたから。それだけでうれしいの! だから・・・・だからね。」 すう、と小さく息を吸い込む。手が少し、震えていた。 「あたしのほうこそ、ありがとう。・・・アスラン」 そう言って、すん、と鼻をすすりながら、くしゃりと顔を緩ませた。 この時彼は、なぜだか泣きたくなってしまった。 なぜだかは解らないが、無性に泣きたくなってしまった。 母の体に身を任せ、一心に泣きじゃくる子供のように。 「どしたの。アスラン」 「・・・・なんでもないよ」 もしかしたら、ミーアが泣いたのもこんな理由かもしれない。 人は、なぜだか泣きたい時がある。 自分でも理解できないとき、なぜだか泣きたくなる。 心の奥深く、言葉で説明できない何かが、自分の心と共鳴した瞬間に。 目の前の彼女の顔を見る。 不思議な顔でのぞき込んできたミーアは、再び花が咲いたように明るい笑顔になった。 しかし微笑んでいた顔をすっと引き締め、アスランを正面から見た。 今日はアスランに会えた。初めて、笑った顔を見ることができた。こどもっぽい一面だって、こっそり見れた。 たぶん、当分会えない。そう思ったら、ミーアの中で決心がついた。 ・・・・最高な日の最後くらい、最高の笑顔で締めくくらなきゃ。 「パフェも食べたし、アスランとデートできたし!そろそろ帰る?アスラン」 笑っていた。それは彼女の演じる”ラクス・クライン”の笑顔だった。 いいのか?アスランは目を閉じて、自分自身に問いかける。 頬に感じる夕方の風が、こんなにも心地よい。 「いや、」 答えなんて、最初から一つしかないんだろ? 「もう少し・・・・ここにいようか」 「え?」 アスランはふっと視線を上げる。 夕焼けと藍色が相まった空に、人々の笑い声。波の音をバックに、音色を奏でるアコーディオン。 「もう少しだけ。・・・・いいだろ?」 思いもかけないアスランの返事にぽかんとしたミーアだったが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべ、ゆっくりと頷いた。それはアスランが初めて目にした、彼女自身の、慈しむような優しい笑顔だった。
Fin. |