(・・・・勝手だな。) ふと振り返ってみれば、最後には必ずそこに行き着く。 最後の最後まで、俺は身勝手な男だった。 お前の幸せを盾にして逃げたくせに、最後には、お前の幸せを平気でぶちこわしてたな。 誰でもよかった、責めてほしかった。「殺したのはお前だ」と罵倒してほしかった。 そしてその全てを黙って受け止めるつもりでいた。そうする理由が、俺にはあった。 「・・・・ただの男、か。」 結局誰も「殺したのはお前だ」と言ってくれなかった。総悟でさえ。 結果、何も受け止めずに進むしかなかった。 そんな宙ぶらりんな自分を、もちろん許せるはずが無かった。 わかっていて突き放した卑怯な自分を、いつだって殺してほしかった。 「ああ、ただの身勝手な男だな。」と答えた高杉は、「そんな男を斬ることほど、なんの意味もねぇ上に後味が悪ィもんはねぇからな。」と無表情で言った。 土方は少し驚いた様子を見せた後、ほんのわずか、うな垂れた。そして 「・・・・そうかもしれねぇな。だから、」 誰も殺してくれねぇのか。と、呟いた。小さく、自嘲的に。 そんな土方を見下した高杉は、鼻で笑う。 「てめぇの事情なんて知ったこっちゃねぇよ。」 「・・・・・。」 「だが、あの女の言った言葉は確かだ。・・・・それをどう取るかは。」 「・・・・・そうだな。」 無償に煙草が吸いたくなった。思いつつ、土方は壁に預けたままの背をずるずると落とし、その場に座り込んで最後の一本を咥えた。 懐でライターを探っていると、目の前に、ごく自然に煙管の雁首が差し出された。 一瞬呆けた後、土方はそのままの表情で、差し出した男のほうを見上げると、 「・・・・・いるんだろ?火。」 見下してくる憎たらしい笑みあり。 対抗するが如く、鈍い金色の雁首に煙草の先をぐいっ、とねじ込む。沈黙しているように見えた煙草のフィルターは、しばしの後、ジジジ、という音を立てて火を灯した。 呑気に煙を吐いている目の前の男を見上げつつ、罠か毒盛りの類かと思考を巡らせたが、自分がここで煙草を吸うかどうかはこの男の範疇外である上、煙草の先に毒を盛ったところで何の効果を期待できるかは不明でもある。この男が現在進行形で吸っているものと同等のものであるから大丈夫だろうし。・・・・・そういえばいつの間に煙管取り出しやがったこいつ。油断も隙もありゃしねぇ。 と、そこまで考えた土方は、バカバカしくなって途中放棄と決め込んだ。 煙草の火をもらう時点で油断をしているという事実は、こちらも途中放棄。 なあ、と土方はつぶやく。 「お前が、どうしてアイツを知ってるんだ。」 「あー・・・企業秘密だ。」 「なんの企業だよ。テロリストか。テロリストっつう企業か?」 呆れてため息をついた後、それに、と続ける。 「何しにきやがった。他になんかあんだろ。」 「それこそ企業秘密だろうが。」 「だからなんの企業だよ、てめーが経営してんのは。」 と投げやりに答える。 はぐらかしやがる、と土方は思った。しかし知るべきでない、と言うのは頭の声。 この男にはこの男の道が。彼女には彼女の道が、確かにあった。 それがたまたま、交わっただけのことだろう。どたい、詮索する資格などない。 (悪趣味はどっちだよ、) 心中で呟くと同時に、攘夷志士と真撰組副長が真横に対峙し、呑気に煙草をくゆらせているという奇怪なこの状況に、そしてそれに慣れ始めている自分にぼんやりと気づいていた。 「・・・・てめぇ本当に知ってんのか。」 一息置いてそう言った土方に、高杉は「さあな。」と答える。 「案外、白昼夢が見せた幻だったのかもしれねえな。」 「なんだそりゃ。」 煙と共にはき捨てた土方に、もののたとえだ、と高杉。 「死者ってもんは、大方そういうもんだろう。生きているやつが勝手に作り出した幻想かもしれねぇ。残像なんて、てめぇ勝手に作り変えることができるからな。気楽なもんだ。」 「・・・・・。」 一息ついて、それに、と続ける。 「あの女がそうだったように、俺もあの女に懐かしさを見たんだよ。結果、ひでぇことを言われたが。」 ミツバがこの男に対して酷いことを言う、その情景がまるで思い浮かばず、驚いて高杉を見上げる。一瞬、この男が言っているのはやはり別の女ではないのか、という想いが頭の先を掠めたが、この男に対する奇妙な信頼感が、そうではないと告げていた。 その高杉は、ふと歩み進める。「こいつは返してもらうぜ」と言いつつ、土方がさきほど斬った男の横に落ちている手紙を拾い上げた。男に一瞥をくれると、「ちなみに言っとくが。この仏さんとも、俺は関係ねぇ。」と言った。 「ふざけんな。文はてめぇのもんなんだろ?」 「ああ、文はな。だが、てめぇと会う前に、ちょうど道すがらコイツとすれ違ってな。目は血走ってやがるし、どう見ても前を歩いてるてめぇを殺す気満々だった。」 「だからすれ違いざまに文を入れたってか。」 「ちったぁ気の利いた逢瀬になっただろ?」 「言ってくれるぜ。」 土方は鼻で笑う。高杉は、くつくつと喉で笑った。 笑ったあと、ふと真剣な眼差しを向けて口を開いた。 「伝言がもう一件ある。」 高杉は、最後に長い煙を吐くと、「こっちはどっかの男のうけうりだが。」と言った。 「忘れられねぇなら忘れようとするな。」 土方は、瞠目した。 「一生抱えて、苦しめばいい・・・死ぬまでな。」 なぜならそこに、過激派攘夷浪士の面影はまるでなかった。 「・・・・憎たらしい笑顔しやがる。」 土方は笑った。 三度目に吹いた風が、両者の吐いた煙、呑気な空気と言い訳を、軽々と流していった。 これにて祭りは終了である。 |