04.


「・・・・・で、話の続きなんだけどさ。」

そこでラスティは口をつぐんだ。というのも、しゃがみ込んだ丁度その時、目の前の通りを一台のトラックがブゥンと音を立てて通り過ぎたのだ。想像して欲しい、大の大人がしゃがみ込むとそれだけ視線は低くなり、もちろんそれは、大型トラックの出す排気ガスが顔に直撃する低さでもあるということを。とっさに左手を上げてパクついていたドーナツを死守したラスティだったが、死守できたのはドーナツのみ。鈍いエンジン音と共に大量の黒いガスをダイレクトに受け止めた彼の顔は、不機嫌にしかめられた。
・・・・傷だらけの人間に排気ガスぶっかけるとは、どーいうことですかね、神様。
顔をしかめたために痛みを発し始めた右頬の生傷の存在を思い出し、ため息をつきつつ視線を左上に流すと、そこには先ほどこの頬に傷をこしらえた張本人・・・・いや、白いカッターシャツの袖をまくり、両腕を不機嫌そうに組んでいる一人の男が目に入った。彼も頬に生傷をこしらえているはず・・・なのだが、相反して彼の銀髪は少しも乱れていない。ガスまみれの俺と比べるのもなんですが、どうして彼の姿は様になってるんですかね。理由を三百字以内で答えてくれ、・・・・神様。

「だから、人の顔をじろじろ見るはやめろ。」

通りの向こうをずっと凝視していた目が、じろりとこちらを向く。それだけで、彼が相当不機嫌だということを示されたようなものだった。
一通り酒場で暴れたラスティとイザークは、放り出される前に自分達で路上に出た。人間というものは不思議なもので、周りの気温が上がると五月蝿くなり、反対に気温が下がると大人しくなる。(これは夏と冬の温度差を思い浮かべてくれるとわかるだろう。犯罪だって駅前でたむろしている若者だって、夏は増殖し冬は激減する。)当然、彼ら二人も冷たい夜気にさらされると、水をぶっかけられたように冷静になった。冷静になって振り返ると、やはり自分たちはバカであった。バカで結構、生まれたときからバカなんだから仕方ない。恨むならそうだな、アンタを恨むよ、神様。
ラスティはドーナツを口に運んだ。唐突に、イザークが口を開く。

「お前は、噂や人の評価で人間を測るようなヤツだったか?」

このドーナツ、ウマイな。ふと思い浮かべて、「・・・・・いや。」と返事を返す。

「なら、他人の言う言葉なんかに騙されるな。俺を含めてな。」

いつになく真剣なイザークを前に、今度こそドーナツを食べる手を止めざるを得なくなった。そして次の一言は決定的だった。

「お前は、アイツを信用してないのか?」

腕を組んで壁に背中を預けるイザークの瞳に見下ろされ、しゃがんだままのラスティは言葉につまってしまった。今度はラスティがイザークから視線を外す番だ。
いつに無く神妙な空気の中でぽつりと呟かれた声は、僅かにかすれていた。

「・・・・わからない。」

ラスティはドーナツを持っていないほうの手を軽く握り、額に押し当てる。

「あいつのことを知りたいのは確かなんだ。そう思ってお前を呼び出した。」

お前、あいつとガキの頃からの知り合いだって言うし。と続ける。

「そうやってアスランのこと嗅ぎまわってるってことが信用してないことだって言われれば、そうだな、って認めざるをえない。けど、・・・・ただひとつ、わかってることはある。」
「・・・・なんだ。」
「俺はあいつのことが嫌いじゃない。」

くしゃ、とドーナツをもっていた紙を丸めると立ち上がり、ラスティは通りの向こうのゴミ箱に投げ入れた。咥えたままのドーナツを飲み込み、お、入った、と呟いて、

「それだけは、どーっしても認めざるを得ないわけ。」

にっと笑ってイザークを見た。

一拍置いて、ゆるゆると表情を緩めたイザークが「・・・・お前らしい。」という頃には、両者を取り囲む空気はゆったりと流れていた。
「・・・だろ。」
「自分で言うな。それより貴様、」

イザークは、彼独特の自信に溢れた顔でラスティを睨んだ。

「・・・・このまま俺に詫びも無しで帰るつもりか?」

それまでへらへらと笑っていたラスティは目を丸くする。そして天を仰いだ両目を片手で覆い、「そっか、やっぱそうくるか・・・・!」と呟いた。こめかみをピクリと震わせ、「あのなラスティ、勝手に自分の中で納得するのはやめろ。」と言うイザークに、青ざめたラスティは恐る恐る言った。

「お前が安月給の俺に、みみっちく慰謝料請求するなんてこと・・・・ないよな!?」

一瞬の沈黙。
の、のち、ぐにゃりと歪んだ顔を向けたイザークが「・・・・・はぁ!?」と呆れた声を発したが、彼の端正な顔を歪めた原因である男はまだぶつぶつと呟いている。仕舞いには怒り出し、「あのさ、やっぱお前が慰謝料請求はおかしい。な、おかしいだろ!」と言い出す始末。

「お前の右頬に傷作ったからって、そりゃねえよ!ほら、ああなんだっけ・・・そうそう!どっか東洋の国のことわざであるじゃん、喧嘩ライトセーバーとかなんとかいうのが!」
「喧嘩両成敗、リョーセーバイ、だ。このバカ!それに早とちりするな!」

一喝したイザークはふう、とため息をつき、再び腕を組んで言った。

「・・・・誰が、いつ慰謝料を払えなどとと言った!?」
「え?」
「来い。」

有無を言わさず歩き出したイザークの背中を、立ち止まったままのラスティはぽかんと見つめる。二、三歩歩いたところで、イザークは再びハァ、と壮大なため息を零して振り返る。

「気分が悪い。呑みなおす。・・・・お前も付き合え。」

きっかり一秒が経った後、ラスティはにやりと微笑んだ。

「もちろん、イザークのおご」
「貴様のおごりでな。」
「ごめん俺、用事思い出した。」

いきなり回れ右をしたラスティの首根っこを素早く掴んで、イザークはまるでスーツケースを引きずるように颯爽と歩き出した。
「ちょっと無理、マジで無理っ!」「お前の行く店高すぎんだよ!」「あのさ、俺給料日前なんだけど!」と御託を並べるラスティの叫びは、「慰謝料。本当に請求してやろうか?」というイザークの冷たい微笑に沈黙した。
世界に敵などいないと言わんばかりの顔を見上げたラスティは、やっぱ人類不公平すぎるっしょ。一体アンタはどういう基準で判断してるんですか、三百字以内じゃなくていい、今すぐ教えろ神様。と心の中で呟いたとか、そうでないとか。