13.


ルナマリアは窓の外の朝焼けを眺めていた。
ここは、ザフト軍ジブラルタル基地に隣接する付属病院の待合い室。
まだ朝の比較的早い時間帯だからだろうか。 平日は見舞い人やら看護婦やらで、多くの人で賑わう受付の側の待合室には、ルナマリア以外の人間はいない。

昨日の艦長の言ったこと、そしてアスランの様子が気になって、昨夜はあまり眠れなかった。
私とアスランはミネルバを解任され、怪我を治して最高評議会へ出頭しろという命令。
アスランは確かにパイロットとしても腕が立つし、議長が直々にフェイスに任命したって聞いたから最高評議会に呼ばれたって、別に可笑しくはないけれど。
なんで、あたしまで。そんなに功績を発てたわけではないし、第一そんな・・・最高評議会ってどういうこと?

それに・・・・アスランのあの表情。
意識が戻ったのはうれしい。それは本心。
だけど・・・なんであんな、呆然とした表情だったの?
そして、時折なんであんな、冷たい目をするの?
どうして何も言ってくれないの?
わからない。アスラン、わかんないよ・・・・。


ふと、綺麗な朝焼けを窓から見ていたルナマリアだったが、気分が優れないので窓を開けて朝の風を感じようと、身を乗り出したその時だった。

「お姉ちゃん!」

ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。
小さい声、か細い声。でも間違いなく・・・・妹の声。
「メイリン?ちょ、どこ?」
辺りを見回す。しかし何も見えない。
あたしそうとう疲れてるみたい・・・。
そう思いながら、ため息をついて窓を閉めようとした瞬間。 目の前にいきなりメイリンが現れた。 危うく身がつんのめりそうになって、ルナマリアは怒鳴った。
「バカメイリン!!!なんで突然現れるのよ!」
「だって!お姉ちゃんが呼ぶから・・」
「だってじゃない!で、あんたどこにいたのよ!?」
「・・・窓の下」
「はぁ?」
「だって・・・お姉ちゃんが、まさかすぐ上にいるってわかんなかったから・・・」
そう言って口ごもるメイリンをみて、昨日から感じていた緊張が、ふと和らいでいくのを感じた。 自然とゆるみそうになる頬を引き締めて、メイリンに尋ねた。
「で。あんたなんでこんな所にいるの?ミネルバは?出港するんでしょ?」
それを聞いたメイリンの表情が一瞬、曇る。
ルナマリアは首をかしげる。 昨日艦長から聞いた話によると、ミネルバは今日の早朝に出港するはずだったのに。なぜ妹はここにいる?
メイリンは真剣な表情で、不思議がるルナマリアに向かって言った。
「実はね・・・。お姉ちゃんに言いたい事があって・・・」
「・・・言いたいこと?何」
いつもの優しい顔で自分の顔を真っ直ぐに見つめるルナマリアを見て、メイリンは泣きそうになった。
しかし、ぐっと、何かに耐えるように拳を握り、言った。
「あのね・・・ミネルバが出港するのは、知ってるんだよね」
ゆっくり、しかし真剣な表情でそう問うメイリンに、ルナマリアは何かあると思いつつも、返事をした。
「うん。それで?」
「じゃあ、お姉ちゃんとザラ隊長がミネルバを解任されたって」
「うん。それもホント。昨日艦長に言われたわ」
真剣な表情で、そう言うルナマリアを見て、メイリンは意を決して言った。

「じゃあ、わたしとお姉ちゃん、これで離ればなれだよ」

そう言ったメイリンは、泣きそうな、でも必死に耐えているような、そんな顔だった。
ルナマリアはようやく気づく。まさか。あたしに何か言うためにメイリンは・・・ここに?
「うん・・・そう、だけど・・・」
思わず呆然として返事をしたルナマリアを見て、メイリンは言った。
「私、お姉ちゃん大好きだよ。いっつも助けてくれて、あんまり目立つこと好きじゃなかった私を、いっつもひっぱってくれて・・・。アカデミーに入ったとき覚えてる?」
ルナマリアは、こくりとうなずく。
「始め、お母さんやお父さんと離れるのが嫌で、やっぱり引っ込み思案で、初めての環境にあんまり慣れなくて・・・。でもそんな時にお姉ちゃんが隣の席の人、私に紹介してくれて。それがヨウランだったんだよ。それから、ヨウランと友達のシンとか、ヴィーノとか、レイとか・・・。みんなと仲良くなって、いっつも6人でいて」
「うん」
「すっごく感謝してるの。すっごく」
「うん」
「でもね・・・」
そこでメイリンは息をつく。 そして、いつもよりもまして真剣な表情で言った。
「お姉ちゃんの側にいるとね、やっぱり自分はダメなんだって・・・いつもそう思ってたの」
それは、初めて聞かされる妹の本心だった。
いつも、自分は、・・・ダメ?なんで。
「お姉ちゃんは可愛いし、友達もすぐ作れるし、成績もいいし。私なんかよりずっとすごいから・・・。いっつもうらやましかった。・・・それで辛かったこともあったよ」
ルナマリアはショックだった。
いつも自分が守ってきたハズの、妹。 知らない間に、いつも自分が傷つけて、いた・・・・?
「メイリン、その、あたし・・・」
「違う!違うの!お姉ちゃんは悪くないの!それが言いたいんじゃなくて」
そう言ったメイリンの表情は、とても優しかった。
まるで自分が妹のようになった感覚。 初めてルナマリアは、メイリンがもう自分の手を必要としているのではなく、一人で歩き出そうとしているのだと感じた。
「いままでずっと一緒にいたから、そう思ってたの。でもね、いざお姉ちゃんと離れなきゃいけないんだなって思った瞬間はね、やっぱり・・・恐くてどうしようもなかった」
ルナマリアは、メイリンの話に耳を真剣に傾ける。
「考えてみたら、いままでずっと一緒だったよね。きっと私、それでお姉ちゃんに甘えることも許されてきたんだよね。 でも・・・でもね、もうこのままじゃいけない、と思うの」
「メイリン・・・・」
「いっつもお姉ちゃんに頼って。隠れて。助けてもらって。 そんなんじゃ、いつか一人になったとき、私ダメになる。そう思うの。 お姉ちゃんが嫌いになったわけじゃなくて、ただ純粋にそう思う。 それにやっぱり、・・・自分だけの力でやってみたいの。 通信士も、ただ漠然とするだけじゃ誰も助けられない。 だから真剣に、プロの通信士になって、ミネルバを助けたい。 メイリン・ホークの代わりの通信士なんていない!って、他の人たちに言わせるくらいに。 ミネルバで、シンとレイと、ヨウランとヴィーノと、その他の人たちとも、新しい環境で、今度は自分一人の力でがんばってみたいと思う。・・・・だからね・・・、」
そう言ってメイリンはすっと息を吸い、きっとした顔でルナマリアを正面から見つめて言った。


「お姉ちゃん、ありがとう」


そう言ったメイリンの表情が、なんだかすごく優しくて。
気づけば、ルナマリアは泣いていた。メイリンの肩に、自分の頭を乗せて、思い切り泣いていた。
ここまで思い切り泣いたのは、久々だった。

いつも、自分が守らなければならないと思っていたメイリン。 お姉ちゃんだから、しっかりしないと。
そう両親に言われたわけではない。 でも、幼い頃から自分のことを頼って、必要としてくれた妹をただ守りたいと、大切だと思ってきた。
でも、違う。
本当は、そんなメイリンを必要としてきたのは他ならぬルナマリア自身だ。
いつも一緒にいて、どちらかが泣いた時は、一緒に悲しんで。 どちらかが笑ったときは、やっぱり一緒に笑って。 年が近かったせいもあると思う。
でも、メイリンがいなかったら、自分はここまで自信をもってこれただろうか。
いや、メイリンが側にいてくれたからこそ、今の自分があるのに。
そんな妹が自分を離れていく悲しさと、妹が成長したという嬉しさ。そして同時に感じる、愛しさ。そしてそんな妹と、もう二度と会えないかもしれないという、不安。
そんなものがごちゃ混ぜになって溢れ出す。

「今度は自分一人でがんばる。がんばってみる。でもね・・・」
「?」
「辛くなったら、またお姉ちゃんの所にきてもいい?」
そう言うメイリンの肩から頭を上げ、表情を見る。するとメイリンも自分とおなじくらい、ぐしゃぐしゃになって泣いていた。 そんなメイリンを見て、ルナマリアは笑顔で返した。
「当たり前でしょ!!ちょっとあんた、忘れてない?」
そう言われ、メイリンはその泣き顔で首をかしげる。

「あんたは、私のい・も・う・と!なんだからね!!」

そう言ったルナマリアの表情は、とても輝いていた。 メイリンは苦笑したあと、涙を拭きながら、からかうように言った。
「わかってる!!ていうか、お姉ちゃんは自分の心配と、ザラ隊長の心配だけしてればいいの!!」
「はいはい」
「はいが一個多いよ、お姉ちゃん!」
「はあぃ」
「もう、なにその言い方!」
「なにって・・・そのまんまでしょ」

そう言って、2人でお互いの顔を見合わせて、泣きながら、一緒に笑った。 幼い頃のように。

「あ、お姉ちゃん・・・」
まだ何か言いたげなメイリンの顔をみて、ルナマリアは尋ねた。
「何?まだなにかあるの?」
「あの、ザラ隊長にね、言って欲しいことがあるの・・・」
「何・・・?」

「がんばらないで下さいって・・・」

一瞬きょとんとしたルナマリアだったが、すぐにメイリンの意を介して苦笑した。
確かに、アスランには、がんばってほしくないな・・・。
きっと、メイリンなりに、一生懸命考えたんだろう。 もう会えないかもしれないアスランに言う言葉を。 そう、この言葉は、いっつもがんばってるアスランを見てきたメイリンだからこそ言える言葉であり。 今アスランに一番会って話をしなきゃいけないのは、もしかしたらメイリンかもしれないな・・・。
ルナマリアはそう思った。
が、こんな朝早くにアスランのいる重症患者専用の病室がある東棟まで行けるはずもなく。 そんな現実が、とても虚しく、悔しくもあった。
「お姉ちゃん・・・?」
考え込んでしまったらしい。メイリンが心配してこちらの顔をのぞき込んでくる。 もう、どっちが姉なのか、わかんなくなっちゃうじゃない。
そう感じ、ルナマリアはすぐに笑顔に戻った。
「なんでもない!それより、もうすぐここ人がくるわよ。どうせあんたのことだから、内緒でミネルバ抜け出してきたんでしょ!」
「うっ・・・なんでわかったの?」
「こんな時間にミネルバ以外の場所でうろうろしてる方がおかしいでしょ!」
「そう、だけど・・・でもね、ヨウランとヴィーノがアリバイ工作してくれてるの!エイブス主任にヨロシクって!」
自慢げにそう言うメイリンの言葉に、ルナマリアは驚いた。
あの、ヨウランとヴィーノがね・・・。
意外や意外。いつもふざけ合っているあの2人に、そんな優しさが備わっていたとは。別れの際に知らされる、初めての事実である。
「じゃあ・・・シンとレイは?」
ルナマリアがそう尋ねると、明らかにメイリンの表情が曇った。
「うん・・。2人はね、ちょっと今いないの」
「いない?どこ行ったのよ?」
「わかんない・・・。昨日の夕方、なんかシャトルで、議長の勅令だとか言って、2人とも何処かに行っちゃったの・・・」
「え・・・?ミネルバ解任させられたの?」
「ううん。そうじゃないって」
「何よ、それ・・・」
ルナマリアは不安だった。最後にシンとレイに会っておきたかった、という気持ちもあるのだがそれ以前に、何か漠然とした不安を感じたのだ。
しかし、今そんな心配をしても仕方ないか。
暗い表情のメイリンを見て、ふと笑顔に戻ってルナマリアは言った。
「わかったから・・・さっさとミネルバに戻りなさい!」
口調は多少厳しいものだったが、表情はいつもの姉の優しい顔だったので、メイリンはほっとして笑顔に戻った。
「はぁーい!さっきの伝言、ちゃんとザラ隊長に伝えることー!」
「わかってるー」

ルナマリアは苦笑しながら、そう言って走り出したメイリンが見えなくなるまで見つめていた。

メイリンを優しく見守るルナマリアは、朝焼けと同じように、とても晴れ晴れとした”姉”の表情を浮かべていた。






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