14.


時は遡って、昨日。
タリアはある人物の病室に向かっていた。
長い廊下をコツコツと音を立てながら進む。 すれ違い様に一般兵が向ける敬礼に答えながら、タリアは病室へと足を進めた。
確か・・・1096室、だったわね・・・。
ジブラルタルのザフト専用の病院の外れ、東棟にある病室。 そのなかでも1000以降のナンバーがつく部屋からは重傷患者の病室となっている。それぞれの個室の横に無菌室まで備え付けられている代物だ。 その病室の扉、1096と書かれた扉を開けると、始めにタリアの目に入ってきたのは真っ赤な夕陽だった。
そして部下、2名。

たった今意識が戻ったというのはあながち嘘ではないらしい。
ここ数日間、誰よりもずっとアスランを心配していたルナマリアが、上半身をベットから起こしたアスランに抱きついて涙をぽろぽろ流している。 しかし、それを受け止めるアスランは、まるでタリアの目には別人のように映った。 いつもの彼なら苦笑しながらルナマリアを抱き留めるくらいはするであろうはずなのに。 泣きじゃくるルナマリアをただ呆然と見つめている。
何処か他人事のような、生きていない人間の目、とでも評すればようかろうか。
・・・何も感じないような、そんな目だった。
まさか・・・精神崩壊を起こしてはいまいか。 一瞬そんな考えが頭に浮かび、タリアはすっと血の気が引いていく思いがした。

しかし、それはこちらに気づいたアスラン本人によって杞憂だとわかった。
おもむろにこちらを見て、その人形のような目で言った。

「・・・・グラディス艦長・・・・」

自分の上司を認識することができるならば、精神崩壊、とまではいっていない。そう考えて、タリアはほっと一息をついた。 アスランの声に、はっとしたルナマリアがこちらを向く。

「艦長・・・?なんで・・・ここに?」

2人の無事をとりあえず確認したタリアは、笑顔を向けた。

「病院から連絡があったわ。・・・アスラン、意識、戻ったみたいね」
「ええ・・どうやら、そのようですね・・・」

アスランは、ようやく自体を飲み込んだらしく、そう答えた。 そして、自身の左腕を見た。 ルナマリアはその様子をじっと心配そうな顔で見ている。

そう、彼がフリーダムから受けた攻撃による被害が一番大きかった場所。それがアスランの左腕。
全身に怪我を負ったアスランの、唯一、回復が他の体の部分と比べ格段に遅れている部分。 それは一見しただけのタリアにもわかった。 肩の付け根から、ぐるぐると白い包帯が巻き付けてある姿を見れば、一目瞭然ではあるが。

アスランは、左腕を動かそうとしているようだ。 しかしその顔は、絶望した表情、悲しみの表情ではなかった。 パイロットとして腕を失えば致命的。 利き腕でないだけまだマシだが、もう無理かもしれない。 そうであるはずなのに。 アスランは肩から先の左腕の感触を確かめるように2,3回体を動かした。
その間、たった5秒ほど。 あまりにもあっけなかった。 そしてその間、アスランは始終やはり人形のような、何も感じていない抜け殻のような目をしていた。
「今はゆっくり休んで、」と言いかけたタリアの言葉は、唐突に生気の戻ったアスランの発した言葉によってかき消された。


「・・・今の戦場の状況は!?どうなっているんですか!?」


ルナマリアも、そしてタリアも息を飲んだ。
アスランは、眩しいほどの夕陽を背負っていて、その表情がはっきりとつかめない。 が、先ほどのような人形の目ではなく、明らかに生気が戻っている目だ。 何かを必死に守ろうと、そして求めようとしている目。 初めて彼と会ったとき、オーブの代表の横で、あのブリッジで見せた戦士の、目。
・・・なぜ、こうも自分を犠牲にできるのだろうか。アスラン・ザラという人間は。
自分は誰よりも傷ついているはずなのに。 それは先ほどの彼の人形のような目からわかるのに。 そして・・自分の左腕を、全身をこうも傷つけられているのに。 なぜ、目覚めた今、自分の腕よりも、気持ちよりも、体よりも、何よりも・・・他人の心配ができるのだろうか。 目の前のルナマリアは、自身の目を大きく開いて、その瞳から、先ほどとは別の涙を、はらりと流した。
・・・・きっと、今のルナマリアとタリアの思いは同じだったのだろう。

「シンは!?レイは!?・・・ミネルバは大丈夫なんですか!?」

必死に、何かにすがるように問うアスランを見て、タリアは思った。

ああ、彼はとても不器用な人間なのだ。 自分を犠牲にして・・・なんて生やさしい言葉ではなくて。
ただ失いたくないだけで。 守りたいだけで。 そのためならば、自分の体など、どうでもよく。 なんて不器用な人だろうか。

アスランは、あなたに似ているわ・・・・ギルバート。

ただ漠然と、タリアはそう思った。 なぜだか、ふと思ったのだ。 不器用だから。あなたも・・・彼も。 どこが似ているかなんて・・・はっきり断言できないけれど。
ああ、似ているのだ。彼と、あなたは。 悲しいほどに。

「戦闘は先日終わったわ。大丈夫、シンもレイも無事よ」
「・・そう、ですか・・・」

タリアの言葉を聞いてほっとしたような表情を一瞬だけ覗かせたアスランだったが、すぐにまた人形の目に戻った。
「突然だけど、2人に言わなければならない事があるの」
タリアは、そうして2人に国防委員長からの命令でミネルバが早ければ明日には出港すること、そして2人は只今を以てミネルバ解任だということ、怪我が治り次第アプリリウスの最高評議会へ出頭することを端的に説明した。
ルナマリアは驚いた表情で、一方のアスランは呆然とした表情でタリアの言葉を聞いていた。

「じゃあ、艦長、私たちが最高評議会に出頭した後は、・・・どこに配属になるんですか?」

ルナマリアは不満らしく、タリアに尋ねる。 しかしタリアは、はぁ、と一息ついて、首を横に振った。

「・・・未だ何の報告もなされていないわ。おそらく、最高評議会で勅令をもらうんじゃないかしら」

しかし、これはあくまでタリアの推測だ。
確かに出頭までの命令しか下さないなんて、どうかしているとしか言いようがないが。 しかしこれも国防委員長、そして議長の勅令ともなれば、納得するしかない。
それが軍人というものなのだ。
アカデミーの時から徹底的にそう教育されるのだ。 実力がある人間だけが、トップに立てる。下の人間はその命令を聞く。 それが正しいかどうかが問題ではなく、命令されたら従うというだけ。 命令に従うことが、プラント、ひいてはコーディネーターの命を守ることとなる。
一般的に優れたコーディネーターにとって、年齢などはほぼ関係ない。実力主義のプラントでは、会社の重役は二十代、ということは当たり前だ。 確かに明確な階級が存在しないザフトであるが、やはり、直属の上司、教官、国防委員長などの上の者との格差は嫌でも存在する。 上と下が完璧に分けられ、支配層と非支配層とに分けられた・・・その昔、地球上の国という国をほぼ支配した、かの帝国のように。



「どうであろうと、ただ戦うだけです」



アスランはそう言った。
ルナマリアがはっとしてアスランの顔を見つめる。 その言葉は、軍人が発する言葉としては至極当たり前の言葉だった。 しかし、タリアはアスランの目を見たその瞬間、自身の背筋がぞくりと泡立つのを感じた。


自分が、彼を、本能的に、恐れている・・・・?


タリアは瞬時にそう思った。 今のアスランの目は、今までの穏和な目ではなく、先ほど見せた抜け殻の目でも、かつて見た戦士の目でもなかった。 長きにわたって戦場に身を置き、数々の犠牲者や破壊者を見てきた中で、ただ人の目を見て、ここまでの恐怖を感じたのは初めてだった。

自分の目の前に拳銃を突きつけられたような恐怖・・・?
仲間の無惨な死に様を目の前で見てしまった時の恐怖・・・・?

いや違う。もっと恐ろしい。
他の者に対して本能的に、生命の危機を感じさせるような目だ。

しかし、タリアがもう一度見たアスランの目は・・・・すでに人形のような目に戻っていた。
タリアは一瞬、自分の見間違いかとも思った。 しかしそれは、自身の背中に未だに感じる悪寒が否定していた。 未だ感じる悪寒を背に、タリアは自分に言い聞かせた。 違う。そんなはずがない。彼が、あの穏和で優しく、尊敬されていた彼が、冷たい憎悪にまみれた視線をするはずがない・・・。
「グラディスさん、」
そう言って部屋に入ってきた医師は、面会時間の終焉を意味していた。
タリアは未だ感じる悪寒を振り払うように頭を2.3回振った。 そしてルナマリアをドアまで促し、病室から出るために、ドアの側にいる医師の横まできた。 タリアは最後に振り返って、もう一度アスランの目を見て言った。

「じゃあ、アスラン。・・・もう、あなたは私の部下ではないわ。でも・・・あなたはミネルバの、そして私自身の誇りよ」
悪寒はすでに消えていた。 そう、そんな訳がない。おそらく自分の見間違いだ。
タリアの方を呆然と見つめるアスランを見て、そう感じた。 慈しむような表情で、タリアは続ける。

「あなたにはよく艦を救ってもらったわ。シンも、ルナマリアも・・みんなあなたおかげで、大きく成長したと思うの。・・・艦が変わっても・・私はあなたを、信じているわ」

そう言う表情には、偽りなどなかった。 ルナマリアはタリアの横で、やはり心配そうな表情でアスランを見ていた。

「・・・ありがとうございました。グラディス艦長」

アスランはそう言った。 ほほに軽く笑みを浮かべてそう言ったアスランを見て思った。 やはり自分の感じた悪寒は気のせいだ、と。 そう確信してタリアは最後に部屋を出た。

しかし次の瞬間、その確信は音もなく崩れ去っていった。
最後に閉まるドアの向こうのアスランの目を見て、タリアは先ほどと同じように、否、もっと鮮明に、自分の背中が恐怖で凍り付くのがわかったからだ。

そう、タリアが最後に見たアスラン。
ベットの上で、前を見ているその目は、あの、鋭く冷たい、命の危機を感じさせる憎悪の目、そのものだった。









そして、今日。ミネルバの出港準備が整った。
今までにないフルスピードで作業は進んだせいもあるだろうが、タリアは予定より早く出港時刻を設定できた。 ブリッジで艦長席に座り、辺りを見つめる。 緊張したクルーの中で艦長は落ち着いていなければならない。
そう自分に言い聞かせ、タリアは深呼吸をした。 しかしその瞬間、昨日見たアスランの目が頭をよぎる。かすかに、背中に悪寒が走る。
「艦長、出港時刻です」
副長が自分の腕時計とミネルバの通信画面に映った時計とを見比べながら言った。
その一言で、タリアは余計な感情を一切捨てた。

「○九○○(マルキュウマルマル)ミネルバ、出港」
「ミネルバ、出港」
『了解。○九○○(マルキュウマルマル)、ミネルバ、出港を確認』

エンジンの音が轟音を発てる。 アラートがけたましく鳴り響く。 ジブラルタルからの通信を受け取り、九時丁度に、ミネルバはジブラルタルを出港した。





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