19.


「ザラ君、調子はどうだい?」
アスランはその声に振り返り、立ち上がる。
「おかげさまで・・・大分よくなりました」
「そうだろうな・・・。なんせ、自分の病室で腹筋運動ができるくらいだからな」
アスランの担当医である若い医師は、そう言ってにやりと微笑んだ。 アスランは決まり悪そうに口をつぐむ。
「あ、これは、その、」
「大丈夫だ。もう慣れたよ。君も・・・こりないなぁ」
医師はしょうがないなぁとぼやいて頭をかく。

そう。こんな事はもう一度や二度ではないのだ。
入院して、意識が回復するまでは(当たり前だが)おとなしかったアスランは、体が回復するに連れてこうやって部屋で無断に軽い運動をし始めたのだ。 はじめこそ驚いて「体に触るから」と言い、運動をするアスランを必死になって止めていたのだが。
しかし、それも自分の杞憂だとわかった。 一見無茶をしてがむしゃらに運動しているように見えて、・・・実はそうではなかった。
アスランは決して無茶をしていなかった。
自分の体の限界を、よく理解していた。 軽く、体が鈍らない程度に動かす。しかし限界になるとパタリとやめ、ベットに戻る。 その後の検査の結果はもちろん良かった。 傷口が開くこともなかった。 この3週間を通して、担当医は「アスランは自分の体の出せる力、能力をすっかり把握しきっている」という決断を下した。
「しかし、あと2時間もすれば、リハビリの時間だろう? その時にリハビリ処置室ですればいいじゃないか。あそこは広いし、運動用設備も整っているんだから・・・」
「いや、でも・・体が鈍って仕方がないんです。自分はもう十分休みました。 もう、のうのうと寝ているわけにはいきませんよ」
「ははは・・・。君らしいな」
そう言って医師は苦笑する。

本当に、目の前の彼は回復が早かった。 さすが第二世代・・・といったところか。 怪我を負ってから3週間くらいたつ。 しかし今ではその体に、怪我の後など・・・ほぼ、完全に見えない。 もうすでに一週間以上前から、アスランの病室は重症患者専用の東棟から一般患者用の本棟に移動されていた。 唯一回復が遅かった左腕も・・・・。

「左腕は、・・・・大丈夫かい?」

ふと、医師が真剣な眼差しで問う。
アスランは苦く微笑んで、「ええ・・・・。腕立てもできますよ」と答える。
「そうか・・・良かった」
ふと、アスランが真剣な表情になる。
「先生・・・ありがとうございました」
「いや、君が礼を言うことなどないんだよ。それより・・・・」
と、唐突に、館内アナウンスが入る。



♪〜♪♪〜♪
『患者様に、お呼び出しを申し上げます。アスラン・ザラ様。アスラン・ザラ様。お連れの方がお待ちです。至急、一階受付カウンターまでお越し下さい。繰り返します・・・・』



「え・・・?」
「ザラ君・・・・君、”連れ”なんていたのか?」
彼が怪我を負ってから今の今まで、アスランの見舞い人はあまりいなかった。
それは担当医の自分がよく知っている。 あー、赤い髪のショートヘアーの女の子がちょくちょく病室に来ていたのは確かだが・・・。(もてる男はつらいねぇ) あの子がわざわざ館内放送を使ってアスランを呼び出すなんて、ありえないし。 後は・・・まだアスランが意識が戻っていないうちに見舞いに来た赤い髪のツインテールの女の子と、黒い髪で、赤い目をした男の子くらいで。
あとは、グラディスさん・・・。

タリア・グラディス。
ふと、医師は彼女の去り際の言葉を、思い出した。
あれは、アスランが意識を戻した日だったと思う。 夕陽に映えた顔が、綺麗だと思った。

『あなたが・・・アスランの担当医ですか?』
『ええ・・・。そうなりましたが・・・』


『彼に・・・・気をつけて下さい』


『え・・・』 『いえ。なんでもありませんわ』 『はぁ・・』

あの、何かを見たような、見てしまった様につぶやいた若き女性。
彼女が言いたかったことは・・・? それから、ずいぶん考えたが、 やはり明確な答えは出ていない。
ただ、アスランの事を注意して治療しろという意味なのか? いや、違う。それならもっと異なった言い方が出来るはずだ。 そこまで考えて、ふと自分の目の前の担当患者を見る。 しかし・・・アスランは、意識が戻って初めて会話した時の印象と変わることはなかった。
今もそうだ。
優しくて、でも悲しい笑顔で笑う青年。 気をつけることなど、何一つ見あたらないが・・・。 アスランに気をつけて。 でも、彼の一体、何に?

「先生?」

ふと、アスランの声で我に返る。 すこし、考えすぎたかな。
「俺ちょっと行ってきます」
「ああ。何かの手違いだろう。終わったらまたここに戻ってきてくれ。 明日には復帰する予定だろ?それに向けて最後の調整をしたい」
「はい」
そう言って、アスランは走って病室を出た。
「あ、ああ!ちょっとザラ君!まだ走っちゃだめだ!!」
医師はそう叫んびながら廊下に出ると、もうすでにアスランの姿は見えなくなっていた。
仕方なく、肩をすくめてその場で苦笑する。 まあ患者があの調子なら、大丈夫だろう。
そう思い、医師はアスランの病室を後にした。









その、少し前。
「だーかーらー、俺はただ見舞いに来ただけで、」
「そう言って忍び込むスパイなど山ほどいる」
ここは、ジブラルタル基地に隣接する、ザフト専用の病院。
「!俺はスパイなんかじゃないって!!」
「ならばIDカードを見せろ」
の、裏口の前。
「カードなんて持ってないんだよ!」
「ならば許可できない」
で、何やら口論している3人の、男。
「だ・か・ら!!ちょっと訳ありで、俺今IDカード持ってないんだってさっきから言ってんだろ!」
「そう言って忍び込む地球軍など山ほどいる」
2人はザフトの一般兵。そして、もう1人は・・・
「あんたらさっきと全く同じ事言ってるじゃねぇか!!」
「「っ、うるさい!!とにかくダメと言ったらダメだ!!」」
「すっげぇシンクロ率・・・」
「「うるさい!!」」

そう。先ほどから口論しているこの3人。
この激闘。ことの始まりは2人の警備兵ではなく、つい数分前に現れた1人の少年だ。

ザフトの、このジブラルタル病院。
それはザフト関係者でなければ、例え患者の見舞いで訪れたとしても入ることは出来ないという頑丈な警備システムを用いている。 特に地球上において、ナチュラルのテロリスト達や地球軍兵士が、コーディネーターの医療技術を盗みに、・・・・そして患者を殺しにくる。 そのような事態を防ぐために、病院の警備は常に厳戒体制だ。

で、その頑丈な警備の結果が、目の前の少年のような犠牲者を作り出すのだ。
そうつぶやいて、ちらりと横を睨む。 本当にテロリストの仲間ということもあり得るのだが。
患者の知り合い。とくに友人。 患者の・・・つまり負傷したザフト兵の見舞いにやってきたはいいが、病院内に入れてもらえない。 いくら開けろと言ったところで、関係者以外は絶対に入れない。 そしてあえなく、途方に暮れながら帰る。
しかし、・・・ごくたまに、こうやって無理矢理に入ろうとするヤツがいる。 そしてこういうヤツは大体がケンカっ早い。 それ故自分たちのような、がたいがよく体力のある、対テロリスト専用の警備兵が病院のまわりの至る所に配置されているのだが。
その裏口の警備担当のザフト兵は、自分と一緒に警備を担当している同僚と、まだ口論している1人の少年を恨めしく思った。
「もう、まどろっこしい!!おっさん!ちょっと黙ってて」
と、青年が耐えきれなくなって通信機器に手を出す。何をやっているんだ!?あのボウズ!!
「おい、勝手に触るな!」
気づいた同僚が止めにかかる。自分も体を乗り出した。
が、

「えーと確か・・・」

一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
気づいたら、自分は空を仰いでいたのだ。次の瞬間、背中に鋭い痛みが走る。
遅れてきた痛みに声をあげながら、ゆっくりと自分の横を見ると同僚も同じように大の字で仰向けになり、のびていた。
何が起きたかも理解できないまま、頭を振って上半身を起こす。 そして周囲を見ると、そこには。

「えーっと、確かこれをこうして・・・よっと。繋がった!はい。そうそう。え?えーと、俺のID番号?189・・・」

何事もなかったかのように通信機を使う、先ほどの少年。
通信機にその端正な顔を近づけ、何やら喋っている。
このボウズが・・・俺たち2人を一瞬で倒した・・・?
そんな・・・・まさか・・・・・!!
そして同時に、別の意味でおかしいな・・・と感じる。
ザフトの通信機は、パスワードを正確に入力しないと使用できない作りになっているはずなのに、目の前のボウズは普通に使いこなしている。ザフト関係者でないと、使用できないはずなのに?

そこまで考えて、まだじんじん痛む体で立ち上がる。
しばし呆気にとられたが、こうしてはいられない。 目の前のこいつがザフト関係者であれなんであれ、自分たち警備に危害を加え、勝手に通信機器を利用したなど・・・言語道断だ。
「おい、お前!!!」
そう言いながら、まだ顔を通信機にくっつけている少年に近づいた。 が、その少年の口から出てきた言葉は、さらにその警備兵を驚かせた。


「はい。えーと、アスラン・ザラを呼んで下さい」


「・・・何だと!?」
アスラン・ザラ。
その人物がこの病院にいること自体が重要機密であるのに・・・!!
何故このボウズは知っている!? 先ほど自分たちを一瞬で倒した事といい、こいつは一体、何者・・・!?
「あ、おっさん!あとちょっと待って!もうすぐ終わるから・・・」
「お前・・・・、」
こちらに気づいた少年は、ちらりと振り返った。しかしすぐに意識を通信機の画面の方に向けた。
警備兵は未だに理解出来ない頭を抱えて、おそるおそる少年ののぞき込む端末を見る。
画面から、何かが聞こえる。

『はい、確かに__IDは一致__ました。彼は__』

なんだと!?じゃあ、やはり自分の横にいる、こいつは自分と同じザフト兵なのか・・?
でも、それならなんで、IDカードを持っていない?

『”あ__の連れ”だと、__しゃいました』
『俺__・・?』
『とにか、__てくだ__い。顔を見ればわかる__言っ__』
『は___・・』

アスラン・ザラ。
確かに、彼が画面上にいた。 自分の目で見たのは初めてだが、普通の少年ではないか。
そんな事を考えつつ、ふと隣の少年に視線を向けると。



「よっ、アスランっ!久しぶりっ」




目の前の少年は、にかっという表現がそのままあてはまる表情で、画面上の人物に笑いかけた。







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