21. 「オペレーション・ヴァルハラ・・・。やってくれるな、議長も」 アプリリウスで臨時に開かれた議会は終了し、機体について証言するために途中入室したイザークとディアッカは、その後アプリリウスからディゼンベルへ移動。 ザフト本部の長い、そして誰もいない廊下を2人で歩いていた。 早朝の静かな廊下に、2人の足音だけが響いている。 「そうだな・・」 大規模な動員人数、大規模な作戦で実行される”公式発表されているオペレーション・ヴァルハラ”。 それが始まれば、世界中の目はいやでも華南に行く。 そうすれば水面下で行われている”真のオペレーション・ヴァルハラ”のいい目くらましになる。 そのために、わざわざ”選ばれた者”のみが参加することのできる”臨時”議会をこんな時間に開き、”極秘の”オペレーションが説明されたのだから。 ふと、長い廊下を歩くイザークの胸に、2年前の光景が重なる。 そうだ。俺は、この長く冷たい廊下を歩いていた。2年前行われた、オペレーション・スピットブレイクの時も。 国防委員長も兼任していた、当時の最高評議会議長・・・・パトリック・ザラが考案した大規模な強襲作戦。 それが、オペレーション・スピットブレイク。 公式発表ではパナマを攻めることになっていたが、実際攻め込んだのはアラスカだった。 2年前イザークは、作戦の真の内容を聞かされたとき、勝ったと思った。 この作戦は成功する。 やっとこの戦争が終わる、と。 しかし作戦内容が事前に漏れていた事によって、アラスカは自爆。 地球軍・ザフトともに大きな犠牲を負ってしまった。 そして、終わると思っていた戦争は、・・・さらに泥沼と化していった。 イザークは、あの時の気持ちを鮮明に覚えている。 戦争が終わると思っていた自分が、やっと報われると思っていた仲間の魂が、突き落とされた。 まるで、暗闇の中でやっと見えた光を前に、その光を掴みかけたとたんに、いきなり絶望の闇の中に突き落とされたような。 出口の見えないトンネルの中に、ひとり取り残されたような。 絶望・・・・? そんな生やさしい言葉では言い表せない。 あの時の気持ちは。 確かに、今回の作戦。 真のオペレーション・ヴァルハラと、ザフト軍に公式発表されているオペネーション・ヴァルハラ。 この2つは内容が異なっていると言う点では、2年前のオペレーション・スピットブレイクに類似している・・・・と言っても過言ではない。 しかし、2年前とは根本的に異なっている事がある。 それは、今回の作戦は、情報が漏れたからと言って失敗する可能性はないと言う事だ。 なぜなら、どちらも正しいから。 2つのオペレーション・ヴァルハラ、どちらかが偽者というわけではない。 どちらもオペレーション・ヴァルハラに代わりはない。 どちらも実行するし、成功させねばならないからだ。 運が良ければ、華南を落とし、なおかつ”真のオペレーション・ヴァルハラ”も成功。 ”真のオペレーション・ヴァルハラ”が終了次第行われる”オペレーション・ワルキューレ”を経て、最終的に行われる・・・あの、作戦。 ”オペレーション・ラグナロク”へ向けて、準備は整うという訳だ。 2人は神妙な面持ちで、廊下を歩く。 2人の足音だけが、静まりかえった早朝の廊下に響いている。 ふと、ディアッカが全面張りのガラス越しに朝焼けを見ながら、立ち止まる。 「なぁ、イザーク・・。俺ちょっと行ってくるわ」 ディアッカはまだ窓の外を見ている。 イザークは一瞬、ディアッカが何を言おうとしているのか、わからなかった。 「はぁ!?何処にだ」 「一週間の休暇報告出しといて」 しかしディアッカはその問いには答えず、かまわず話を進めようとする。 「いいかげんにしろ!隊長の俺に何処に行くかも言わないで、休暇報告など・・・!!」 しかも今、この時勢。 地球ではオペレーション・ヴァルハラが始まろうとしているのと言うのに・・!! イザークはあからさまに”不機嫌だ”という顔でディアッカを睨む。 「頼む」 しかし当のディアッカは、普段の飄々とした顔つきから一転してめったに見せない真剣な表情だ。 イザークはしかめていた顔を戻し、端正な顔に困惑の表情を少しだけ覗かせた。 「・・・・女か?」 「・・・・じゃあな、イザーク」 そう言ってディアッカはふいとイザークに背を向ける。 2人とも、無言だった。 ディアッカが2,3歩進んだ所で、イザークは遠ざかる背中に声をかける。 「おい、ディアッカ!」 ふと、ディアッカはイザークの方へ振り返る。 「・・・よりによってこの時期に女に会に行くなど・・・言語同断だぞ!わかってるんだろうな!?」 「・・・・」 「だが・・・。少しならごまかしてやる」 意外とも言えるイザークの言葉に、一瞬ディアッカはぽかんとする。 「・・・・ただし!一週間だ!!それ以降はごまかせん」 そう言ってイザークは視線を横に反らした。 あからさまに不機嫌そうに、腕は組まれている。 ・・・・本当に、こいつは。 2年前から全く変わっていないイザークの表情を見て、ディアッカは一瞬ゆるみそうになった自分を引き締める。 こいつには迷惑ばかりかけている。 戦時中も、戦後も・・・。そして今も。 だが・・・。 それもこれで最後だ。 「イザーク、」 「礼ならいらん!さっさと行け!」 そうだ。 彼女に会うのも。最後にする。・・・させる。 もう。 昨日、俺たちは4人で誓った。 ・・・・”ザフトの為に”、と。 かつてと今の”仲間”の、そして”プラントの為に”、と。 もう後戻りは出来ない。するつもりもない。 アスラン、ラスティ、・・・・それにコイツ。 俺たちは、もう引き返せない所まで来てしまった。 いや、もしかしたら・・・2年前、俺はザフトを離反した時から。 そして、・・・ミゲルを、ニコルを、仲間を失った時から。 俺たち4人は、すでに引き返せない所まで来ていたのかも知れない。 「・・・・ケジメ、つけてくるよ」 俺は、もう彼女とは関わってはいけない。 彼女を巻き込んではならない。 俺の為にも、こいつらの為にも、そして。 彼女自身の、為にも。 「・・・わかった」 「じゃあな、イザーク」 ディアッカは振り向かずに返事をすると、来た道とは反対方向へ歩き出した。 イザークもディアッカが進む方向とは反対へ、歩き出す。 全面張りのガラスから差し込む朝焼けが、遠ざかる2人の影だけを写しだしていた。 * 『パイロットは作戦会議室に集合してください。繰り替えします。パイロットは・・・』 いよいよ華南侵攻作戦・・・オペレーション・ヴァルハラが始まる。 やっと、・・・・あの機体に乗れる。 シンは期待と緊張感を胸に、パイロットスーツに身を包む。 ふとヘルメットを片手に、廊下のほうを見やる。 今のミネルバは、ミネルバだけでなく他の艦のパイロットや赤道連合の軍のパイロットがごちゃ混ぜになっている。 だからだろうか。通常では考えられないような人数が、横の廊下を走っていくのが見える。 誰もが駆け足で、そして神妙な顔つきで。 こんな大人数で、こんな大規模な作戦をするんだ。 この作戦が終われば・・・・。 きっと、この戦争も一歩終わりに近づくだろう。 ステラも、この戦争が終われば、きっとどこかで幸せに暮らせる。 俺もステラも、戦争が起こる前の幸せな世界に戻れるんだ・・・!! 「シン」 ふと、横にいるレイに声をかけられる。 「どうしたんだ・・・?レイ」 レイは何か思い詰めたような顔で、何も言わず立っている。 「・・レイ?」 いつまでも口を開こうとしないレイを疑問に思い、シンはレイの顔をのぞき込んだ。 すると、レイはやっと口を開いた。 「シン。今日の任務が終わったら、話がある」 「え・・・話?」 「そうだ」 レイは、とても真剣な表情で、真っ正面からシンを見ている。 真剣なレイの視線に、シンは思わず顔を背けた。 「言いたいことがあるなら、今ここで言ったらいいじゃないか」 シンはレイの真剣な表情に戸惑いながら、何とか言った。 が、レイは淡々と続ける。 「いや。話すと長くなる」 「そう、なのか・・・?」 「ああ」 と、ふとアナウンスが入る。 『パイロットのシン・アスカ、レイ・ザ・バレル。至急作戦会議室まで来て下さい。繰り返します、パイロット・・・』 あんなにいた人間が、廊下に1人もいない。 もうすぐ作戦の最終打ち合わせが始まる。 「うわ、やっべえ!!レイ、行こうぜ!」 「・・・ああ」 とにかく、戦争を終わらせる。 そのためには、今から行われるこの作戦を成功させなければ。 あの、機体で。 あの機体に乗って、自分の手で。 終わらせるんだ。俺が。 「作戦は、私が総指揮を執ることになっている。ジブラルタル基地、べーカー・アームズだ。・・・・そこの2人、早く席に着け」 「「はっ」」 作戦会議室に入ると、もうすでに打ち合わせは始まっていた。 シンとレイが空いている後ろの方の席に座ると同時に、部屋の明かりがふっと消える。 暗闇に光る、正面の大きな画面。 それに映し出されたのは赤道付近の地図。 シンは、正面の大画面の側にいる人間を反芻してみる。 暗い部屋の前で画面を指しながら説明しているのは、トライン副長。 画面の右横にグラディス艦長。その横に、さっき自己紹介してたジブラルタルの”黒”を纏った人がいる。さらにその人の横には・・・多分赤道連合の人かな?見たことない制服を着た人が何人か立ってる。 「えー、つまりここジブラルタル湾からアラフラ海を進んで、セレベス海で赤道連合の第3部隊と合流。初めにA(アルファ)部隊、そしてD(デルタ)部隊が先駆けて侵攻する。そして・・・」 トライン副長の話によると、どうやら今日は移動と待機だけのようだ。 目立った戦闘は行われないだろう。 本格的に戦闘が始まるのは・・・おそらく明日だ。 もしかしたら今日は、議長にもらったあの機体に乗って空を駆けることは・・・出来ないかもしれないな。 早く、あの機体に乗りたい・・・。 きっとあの機体なら、俺はインパルス以上の力を発揮できる。 『甘ったれた事を言うな!!』 不意にある人物の言葉が、頭をよぎる。 と同時に、力を過信し過ぎそうになっていた自分に、気づく。 甘ったれ・・・か。 そうだ、ガルナハンのローエングリンゲート突破作戦の時だ。 あの時・・・たしかアスランさんに、そんなこと言われたっけな。 ふと、シンの胸に懐かしさがこみ上げてきた。 いつもそうだったんだ。アンタは。 モビルスーツに関してはいっつも口うるさくて、でも休憩時間とか食事の時とか、みんなが喋る時に限ってあんまり喋んなくて。 モビルスーツだって、すっごい上手いのに。 でも、いっつも俺やルナの後方支援とかばっかりに回って。 でも・・・。 そこまで考え、正面を見る。 そこには、先ほどと同じように、暗い部屋の中説明を続ける副長がいた。 光る大きな画面が、やけに眩しい。 でも・・・さ。 わかってたよ、俺は。 アンタは真面目で、誰より真剣で。 それでいて誰よりすごい腕の持ち主だったんだ。 アンタに追いつきたかった。 アンタの言ってる事を理解したかった。 アンタの目に映ってる物を、俺だって同じ目線で見たかった。 それなのに・・・! アイツらが、フリーダムがアスランさんを殺そうと・・・!! アイツらが現れなかったら、今もアスランさんとルナはミネルバにいて、レイと俺と一緒にこの作戦をやるはずだったのかな。 またアスハが・・・”オーブ”が、自分の大切な人を殺そうとした事実。 そしてこの場に、今自分の隣に、アスランとルナマリアがいないという事実。 2つの事実が、シンの胸に重く、現実としてのしかかってきた。 ルナとアスランさん、元気かな。 もう怪我、治ったんだろうか。 俺、2人にお礼も何も言えなかった。 ルナには、あの時怒ってごめんって言いたかったな。 アスランさんには、アンタの敵は俺が討ちますって、はっきり言いたかったな・・。 「・・・なお、この作戦は大規模かつ最重要である。よって、作戦が長引くこともあり得ると心得よ。特にミネルバ。ミネルバは後方で最後の砦となってもらう。ミネルバのパイロットは今日は出陣しない可能性も出てくるだろう。報告によって慎重かつ的確な判断を望んでいる」 いつのまにかトライン副長の説明は終わって、代わりにさっきの黒の人が喋っていた。 「それでは・・・。○四○○(マルヨンマルマル)、オペレーション・ヴァルハラ。開始する!」 まだ薄暗い、早朝。 カーペンタリアの標準時で、午前4時丁度に華南侵攻作戦・・・”オペレーション・ヴァルハラ”が開始された。 この時、ほぼ同時刻に地球軍のベルリンの侵攻が始まろうとしているとは、ここにいる人間は誰一人として想像していなかった。 BACK TOP NEXT |