25. 『マリューさん!!』 混乱仕掛けているアークエンジェルのブリッジに、一筋の声が響き渡る。 「キラ君!」 フリーダムに乗って待機していたキラが口を開いたのだ。 先ほど告げられた、ミネルバからの一方的な宣戦布告。 それに焦るクルー達とは正反対の、穏やかな落ち着いた声。 その声に、アークエンジェルのクルー達は安心する。 クルー達にとって、いやアークエンジェルにとって、キラは一筋の光に思えた。 2年前も、そうだった。彼は光そのものだった。 クルー達は、これからも、そうだと思っていた。 キラ・ヤマトという人間は、アークエンジェルの・・・いや、オーブの、世界の、希望の光なのだと。 『大丈夫です。落ち着いて。僕とオーブのみなさんで、応戦します』 そう言ってキラは確認するように尋ねる。 『ですよね?』 すると一斉に、画面の向こうから弾んだ声が次々と返ってくる。 『もちろんですよ、キラ様!』『キラ様がつているから、安心して下さいよ!』『あんなヤツら、すぐに落としてみせますよ』『ブリッジも、がんばって下さいよぉ!』 「みなさん・・・」 ムラサメのパイロット達だ。 マリューや他のクルーは、その言葉に、胸がじんとくる思いを味わう。 『キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!』 アークエンジェルのブリッジは、その声に活気づいた。 大丈夫だ。 何と言っても、フリーダムが、キラが、自分達にはついている。 オーブを、いや世界を救える。 再び2分されようとしている世界を、転がり落ちていく世界を。 救うことができるのは、ザフトでも地球軍でもない・・・自分たちだ。 誰もが、そう確信していた。 その瞬間が、訪れるまでは。 * 灰色の空を駆ける、機体の数々。 素早い応戦、次々と仕掛けられる攻撃。 鳴り響く爆音。 キラにぴたりとついて旋回していた数機のムラサメは、他のモビルスーツとの応戦、そしてアークエンジェルを守る為に移動し、今は3機がフリーダムの側にいるのみとなっている。 アークエンジェルは華南に向かう前、一端オーブのモルゲンレーテに立ち寄っていた。 もちろん、オーブ政府、セイランには極秘で。 今までの航海で消耗した燃料、ミサイル、その他いろいろな物資を補給する為だ。 事前にエターナルからの通信を介してモルゲンレーテの主任であるエリカ・シモンズに極秘に連絡がされており、物資の補給はスムーズに行われた。 その際にムラサメが数機、アークエンジェルに積み込まれた。 ダータネルスで無惨にも沈没したオーブの戦艦・タケミカズチ。 その戦艦に乗っていたクルー達がムラサメのパイロットを務める。 元タケミカズチのクルーはアークエンジェルがモルゲンレーテに到着すると、すぐさまマリューとキラに頼み込んだ。 自分たちも乗せてくれ、と。オーブとカガリ様を救いたい、と。 キラとマリューは、すぐさま了解した。 しかし・・。 まるで一人の人間が操っているかのごとく、息のあった攻撃を繰り出す敵の2機にキラは奇妙な既視感を覚えた。 しかしその既視感が何からくるものなのかを逡巡する暇などなく、すぐにまた仕掛けられた攻撃の応戦に専念した。 不意に激しい爆音がフリーダムの後方から響き渡り、キラは意識をアークエンジェルに戻す。 アークエンジェルはいま、・・・劣勢だ。 どんどん山際に追い込まれていく。 何とかして海のほうに逃げ切れればいいのだがそれを知っているかのように、反対の方角に攻め込んでくるザフトの戦艦。 このままでは・・・アークエンジェルが危ない。 「!!!」 突如、目の前にいた一機からの攻撃が繰り出される。 ドラグーンシステムを上手く操りフリーダムを追い込むその姿。 しかし、灰色の機体・・・あれはどうみても、2年前のあの機体ではないのか? ”それが人だよ!!” 忘れられない・・・忘れることができない、あの人物の発した声が頭の中に染みのようにじわじわと広がったがキラはすぐに思考を中断せざるを得なかった。 もう一機が、フリーダムの側にいたムラサメを一機、打ち落とそうとしたからだ。 フリーダムは何とかそのムラサメを援護しようとするものの目の前の灰色の機体が立ちはだかり、うまく立ち回れない。 『うわぁぁぁ!!』 ムラサメのパイロットが、轟音と共に絶命した叫びを発するのを耳にしつつ、キラはなおも迫り来る灰色の機体の攻撃を、紙一重でかわした。 「くっ・・・!!」 ムラサメのパイロットは死んだ。 カガリを、オーブを守りたいと必死に訴えてきたのに・・・・!! しかし、ムラサメが燃え落ちてゆく様に一瞬気をとられたキラは、自分のすぐ目の前に灰色の機体が迫っているのに気づかなかった。 迫り来るドラグーン。 フリーダムはぎりぎりで、必死にかわす。 しかしその予期せぬ激しい攻撃を避けようとした際機体が不意にバランスを崩してしまった。 次の瞬間、キラの目の前には灰色の機体ではなく、先ほどムラサメを落とした機体の攻撃が迫っていた。 「くそっ・・・・!!」 何とか、攻撃を受け止める。 ・・・だがこのクセ、切り込み方。 おそらく、フリーダムに少しだけ類似しているこの機体に乗っているのは・・・ダータネルスでアスランの機体の後方にいた、ストライクに似ていた機体のパイロットだろう。 しかし仮にそうだとするとこのパイロットの腕は、格段に上達していると認めざるを得ない。 切り込み方や攻撃の避け方に弱冠のクセを残しつつも、フリーダムの攻撃を確実に避ける。 いや、それ以前にひとつひとつの攻撃がもたらす衝撃が、重い。 受け止めても、跳ね返しても、機体に衝撃がまだ残っているのではと思わせる程に、攻撃が重いのだ。 受け止めるだけでも精一杯だ。 このままでは灰色の機体と相まって、自分は確実に追い込まれてしまう。 いや、それにしても・・・この2機から発せられる鬼気迫るような殺気は・・・なんだ? しかし、再びキラの思考は停止を余儀なくされた。 いやキラだけでなく、敵の2機のパイロット・・・・シンとレイの思考もそこで停止を余儀なくされた。 * アークエンジェルのブリッジでは、誰もが唖然としていた。 信じられなかったのである。 フリーダムが、キラが、追い込まれているのだ。 激しい応酬、素早い軌道変更、全てがずば抜けているフリーダムの動きに対し、今キラと戦っている灰色の機体と少しだけフリーダムと類似している機体は、勝るとも劣らない能力を遺憾なく発揮している。 その2機は、キラが、フリーダムがコックピットを狙わない事を計算した上で、素早く攻め込む。 灰色の機体がドラグーンシステムを上手く使って次々と猛攻撃を仕掛ける。 フリーダムがその攻撃を受け止める間、もう一方の機体はほんの僅かなひるみにつけ込むように素早く切り込む。 キラの操縦には何一つ欠陥はない、いやむしろ完璧に見える。 それなのに・・・追い込まれているのだ。 ブリッジから見てもそれは顕著にわかった。 相手はザフトの最新の機体2機。 フリーダムの援護についているムラサメは、2機。 数の上ではこちらに有利。 だが・・・そんなことは関係なかった。 いままでのキラ・・・いやフリーダムならば。 数など関係なかったのである。 数の上で劣っていても、必ず、フリーダムは勝利した。 いや、むしろ劣勢を上手く利用し、たった一機で陣形を立て直す事が当たり前にできたのだ。 それが当たり前では決してないことを、アークエンジェルのクルーはまるで理解していなかった。 いや、頭では理解していたのかもしれない。 しかし、どこかで安心していたのだろう、そして無意識のうちに信用していたのだろう。 キラは、フリーダムは”決して落ちることはない”と。 しかしそうやって絶望的な感情を抱いていたのもつかの間、再び船体を揺らす衝撃が走る。 こちらの迎撃をかいくぐって来た敵艦のミサイルが船体に激しい衝撃を与えたのだ。 「持ちこたえて!!」 マリューは激しい衝撃の中、必死にクルーに呼びかける。 しかし・・・。 まだ自分を揺らす衝撃に耐えつつも、マリューは今の状況を見て知らず、・・・身震いした。 フリーダムが追い込まれている様子がまるで今のアークエンジェルの状況と同じに見えるのだ。 敵の二機が、キラが決してコックピットを狙わない事を利用して攻撃を仕掛けているのと同じようにミネルバもまた、アークエンジェルがブリッジを狙わない事を知って、こちらの隙をつき、猛攻撃を仕掛けてくるのだ。 つい先ほどまで画面上にいた、その猛攻撃を仕掛けてくる敵艦の艦長である女性・・・・タリア・グラディス。 その鋭利で美しい顔が頭に浮かんだ。 ふと敵艦が、アークエンジェルの発したミサイルによって船体をわずかに傾けた。 マリューは瞬時に、判断した。 ・・・・今しかない。 「ゴットフリート、てぇー!!!」 マリューが叫ぶのとほぼ同時に、船体を砲撃による衝撃が襲う。 ずん、と重い轟音がブリッジに響き渡り激しい衝撃がブリッジを揺らす。 クルーは座席につかまり、訪れる強烈な衝撃に耐える。 敵の戦艦・・・ミネルバは、それと同時に舞い上がった茶色の砂塵に引きずり込まれていった。 ・・・・刹那の静寂が、訪れる。 「やった・・・のか?」 誰ともなく、そこにいた一人がつぶやいた。 画面上は煙にまみれており、敵の戦艦の様子がわからない。 先ほど発せられたジャミング弾によりレーダーが使い物にならないため、こうやって画面とエネルギー反応で相手の状態を確認するしかない。 しかし、熱エネルギーは先ほど撃った砲撃でかき消されており当てにならない。 この状況で頼りになるのはたった一つ。 画面だ。 この状況に舌打ちをしつつも、マリューは画面を睨むしかなかった。 マリューだけではなくクルーの目が、画面に釘付けになる。 しかし・・・いつまでたっても敵艦が動く様子はない。 いや正確に言えば、画面上に映っていないのだが。 空の灰色とは対照的な色彩の未だ舞い上がる茶色の粉塵のみが、ただただ画面いっぱいに映る。 訪れる奇妙な静寂。 敵艦はまだ生きている、油断はならない。 ブリッジの誰もがそう思う。 ・・・・しかし画面上には、未だ茶色の煙だけが映っている。 敵艦は動かない。 舞い上がる粉塵。 動かない敵艦。 砂塵は画面いっぱいに、舞い続ける。 まるで映画のエンドロール。 この奇妙な静寂は刹那ではなく、・・・永遠に続くかと思われた。 やったか・・・? アークエンジェルの誰もが、そう思い始めた時だった。 ふと、画面上の砂塵が今までとは別の方向に舞い上がる。 次の瞬間、画面に釘付けになっていたクルーは一斉にエンドロールの終わりを目撃することになった。 計り知れない恐怖と共に。 なぜなら・・・・画面上には茶色の煙の向こうに、敵の戦艦の艦首砲がゆっくりとこちらに照準を合わせている様がわずかながらもはっきりと・・・映し出されていたからだ。 やられた・・・!!!! 「タンホイザー、てぇー!!」 力の力量がほぼ同じ少年が、2人いたとする。 一人は、素晴らしい力を持つ少年。 ただ彼は優しかった。優しかった。 戦いになると超人的な力を発揮するものの、優しかった。 彼は素晴らしかった能力を使い、殺しもした。 しかしそれは仲間を守るためだった。 仲間に危害を加える者なら、仕方ない。仕方ないといいながら、殺した。 殺したくなかった。殺したくなかった。 でも、仕方ないから、殺すんだよ。 僕のせいなんかじゃないんだ。仕方なく、殺したんだよ。 そう言いながら、叫びながら、彼は殺し続けた。 彼が強すぎるために、彼の仲間は、決して殺される事はなかった。 彼のまわりの人間は、幸せだった。 彼もまた、幸せだった。 当然だ。彼のまわりの人間は、誰一人として殺されなかったのだから。 もう一人、素晴らしい力を持つ少年がいた。 彼も、優しかった。 しかし、彼の心は復讐に燃えていた。 優しかった頃の面影は、ずいぶんと影を潜めていた。 彼は幼い頃、母親を殺された。 仕方ない、仕方なかった。 殺したくはなかったんだ。 そう言いながら、彼の母親を殺した少年を、憎く思っていた。 どんなことをしても、相手を殺したいと思っていた。 彼はまた、彼の母親だけでなく、父親も亡くしていた。 また、仕方ない、仕方なかったと叫びながら刃を振りかざす少年に殺されたのだ。 どんどん、殺された。 彼のまわりの人間は、どんどん死んでいった。 ついに彼一人になった。 彼のまわりの人間は、幸せではなかっただろう。 彼はたった一人で、そう考えた。 当然だ。彼のまわりの人間は、みな、計り知れない恐怖の中で、死んでいったのだから。 彼の憎しみは、もう計り知れない程に膨れ上がっていた。 この2人が、道の途中で出会い、殺し合いをしたとする。 さて、この勝負。 あなたはどちらが勝つと思う? 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