27. タンホイザー。 それは、ミネルバの艦首砲につけられた総称だ。 当時地球上、そしてプラントに存在する陽電子砲の中でも、極めて優れた破壊力、そして命中率を誇ったと言われている。 その異常なまでの破壊力ゆえ、通常は出力の70パーセントを以て使用する事が原則として定められていた。 が・・・、今回は、どう見ても出力が80パーセントを超え、その破壊力は相当のものだったはずだと後の学者は発表した。 そのタンホイザーが打ち込まれた敵艦の様子を探るため、タリアはブリッジで叫んでいた。 「敵艦の状況はどうなの!?」 一瞬惚けていたクルーも、その声に我を取り戻す。 「・・・・敵艦、左舷に被弾した模様!!」 笑顔をこちらに向け、通信士の一人、バートは叫んだ。 その声にブリッジからどっと歓声が上がる。 狙っていたブリッジを外したものの、アークエンジェルの左舷にタンホイザーが命中したようだ。 うわずった声で、アーサーが「ま、間違いないんだろうなぁ?」とバートの顔を見て言うが、「ええ!今光学映像出します!」と、嬉しそうに言った通信士の目には、安心と勝利の確信がはっきりと見て取れた。 一瞬にして切り替わった画面には、アークエンジェルの左舷から、どす黒い煙が出ている様子が映し出された。 「ああ、ホントだ!!」 「・・・やったんだ!!」 「ブリッジに当たってはいないけど、左舷なら・・・!敵の足を封じたんだ!!!」 「アークエンジェル、あと数分足らずで落ちます!」 「やりましたね!?艦長!!」 嬉しそうに歓喜に包まれるブリッジだったが、タリアは顔をしかめていた。 不思議に思ったアーサーがタリアの方を振り返る。 「あ・・あれ?かんちょ「ウィラード隊の反応は!?」 「え・・?」 「ウィラード隊と通信をとりなさいと言っているのよ、バートっ!!!」 いつになく激しいタリアの声に驚きつつも、バートは慌てて通信機を取る。 クルー全員の空気も、そこで一変した。 「・・・艦長?」 メイリンが不思議に思ってそう尋ねるが、タリアは唇を噛んで、艦長席に乗せた手のひらを堅く握ったまま、一言も話そうとしない。 メイリンと同様に、焦った表情の艦長を見たアーサーが「艦長、早くアークエンジェルを打ちましょう!左舷にタンホイザーが命中したと言っても、このまんまじゃ逃げられます!早くトドメを・・・」と言った声は先ほどとは打って変わって悲痛な叫びとなったバートの声により、かき消された。 「艦長!!ウィラード隊の反応、ありません!!」 ざわ、と泡が立った思いで、クルーの誰もがバートのほうを振り返る。 「な・・・んで?」 「ウィラード隊が、消滅・・・って」 ウィラード隊。 それは、アークエンジェル討伐の命を下されたミネルバに代わって、地球軍・オーブの連合艦隊を押さえていた、ウィラード隊長率いるコンプトン級・ユーレンベックを中心に展開していた部隊。 つまり、地球軍の黒い機体を押さえていた艦隊である。 その艦隊が消滅という事は・・・。 答えは、先ほど出た光学映像の片隅に、まがまがと写しだされた。 「地球軍の・・・」と誰かがぽつりと言った声も虚しく、画面上には先ほど街を消し去った黒い巨大な機体が、こちらに侵攻してくる様子が映し出された。 そう。ウィラード隊は、この黒い巨神によって破壊された。 先ほどの轟音、振動。 そのどちらも、タンホイザーを打った振動にしては大きすぎると感じたタリアの判断は、正しかったという事になる。 「そんな・・・・」 先ほどの喜びから一転、ブリッジは再び仲間が打たれたという暗い絶望に包まれた。 「メイリン、早くデスティニーとレジェンドと連絡を」 右手を額にあて、苦悩の表情を隠したタリアの声に反応したメイリンが、素早く通信機を取る。 「この状態なら・・・デスティニーとレジェンドも、爆発の被害を被っている可能性もあるわ。とにかく早く2人と連絡を」 「はい!!」 と、『艦長!!』と言う聞き慣れた声が、重い空気を内包したブリッジに響き渡る。 シンだ。 「シン、無事なの!?」とメイリンが必至に通信機に向かって叫ぶ。 『あ、うん。俺もレイも無事なんだけど・・・でも、』 「?どうしたの、シン?」 『・・・それが、レイ、通信機切っちゃったみたいなんだ』 「え?」 『さっきの爆発音がしてから、なんか・・・レジェンドと通信できなくて。でも、レジェンドの反応はあるし、動いてるし・・・・レイ、もうフリーダムと交戦してるみたいなんだけど・・・』 再びざわ、と泡めき出すクルー達の中で、ただ一人メイリンが悲痛な声で「光学映像、出ます!!」と叫ぶ。 途端に、クルーの目の前にはフリーダムと激しい交戦を繰り返すレジェンドの姿が映し出された。 その戦いぶりを一見し、さらに苦悩の色を滲ませたタリアは拳を握りしめながら言った。 「シン、レイを連れ戻して」 「えぇ!?艦長??」 慌てるアーサーを無視して、タリアは冷静に告げる。 「・・・・このままだとレイが危ないわ!!」 先ほどとは比べ物にならないほど激しい応酬、動きが速い、しかし追いつめられているような・・・・・・。 レジェンドは、いやレイは本気だ。 おそらくフリーダムのパイロットも同様にそうなのだろうが、2機の交戦をみる限り、明らかにレジェンドの動きが素早すぎる。どう見ても焦っている。 フリーダム追討の命を2人に告げた時。 いつも無表情なレイの顔には、はっきりと”怒り”が読み取れた。 が、しかしそれもクルーを打たれた痛みを持つ、自分と同じような感情を抱いているからだと思っていた。 しかし今のレイは、それだけの感情で動いているのではない。 通信機を切って勝手にフリーダムを追っている。 ・・・・いつもの冷静さを欠いている。 このままでは、差し違えてでも。 恐ろしい想像に背筋が凍る思いがしたのも一瞬、画面上のシンの『あ、はい』という声を耳にし、タリアは冷静さを何とか取り戻した。 しかし。 次の瞬間、ブリッジ、いや華南の広大な土地に響き渡った一筋の声が、なんとか取り戻したタリアの冷静さを一瞬で取り去っていった。 * 「くっ・・・!!」 フリーダムとレジェンドは、先ほどの振動から一転、すぐに刃を交えていた。 大きな振動に一時中断されたものの、レイはすぐにフリーダムへの攻撃を開始した。 もう、シンの事もミネルバの事も頭になかった。 怒り、憎しみ、憤り。そして・・・・悲しみ。 レイはその4つをごちゃ混ぜにした感情のみで、瞬時に敵の攻撃に反応していた。 こいつが、こいつが、こいつがぁっ!!!! ラゥを、ラゥを殺した・・・よりによって、コイツが・・・!!! 『一体、君は誰なんだ!?』 ふと、レジェンドのコックピットに誰かの声が響く。いや、頭の中にか? フリーダムからの声だ。 しかし、今のレイにそんな事は関係なかった。 再び、ドラグーンを放つ。 フリーダムは、やはりギリギリで避ける。 「ちっ・・・!!」 このままでは埒が空かない。心を決め、レイは瞬時に機体を反転させた。 短い舌打ちがコックピットに消えていった後、レイは自分でも信じられないほど冷静に、相手の機体の間合いにつけ込んだ。刹那、フリーダムの攻撃でレジェンドの右腕が後方にもぎ取られてていく。 『!?』 レジェンドが避けると想定して次の攻撃を仕掛けようとした相手が、一瞬驚きおののく様子が手に取るようにわかった。なぜだろう、とは思わず、レイは残ったレジェンドの左腕と両足を使って怯んだ相手の機体にしがみついた。 そして素早く、あるボタンに手を伸ばした。 コードを素早く入力しながら、レイは死を直前にした多くの人間がそうするように、過去と呼ばれる物を振り返ってみる事にした。 真っ先に思い出すのは・・・ラゥ。 そして、ギル。 ・・・・ピアノ。 数え切れないほど感じた憎しみ、拭いても拭いても流れ出る涙とともに感じた、悲しみ。 孤独。 暗い部屋。一人の部屋。 それだけだった。 振り返るにしてはあまりにもあっけないな。 ・・・・レイ・ザ・バレルと呼ばれる、”俺”という人間の、命。 自嘲の笑みを浮かべたレイは、しかしすぐに表情を引き締めた。 だがそれも。 「これで、終わりだ」 虚しくそうつぶやいたレイの言葉は、灰色のコックピットに吸い込まれるように消えていった。 * 『いや、いやぁあああああああああ!!!!!!!!!!!』 シンの耳に、その声は鋭く響いた。 『な、なんだ・・・?』 『女の子・・・?』 ミネルバのブリッジがざわめく様子が、シンの耳にも聞こえた。 しかし、シンはそんな事はどうでもよかった。 少女の声に、聞き覚えがあったからだ。 『死ぬのはイヤ、いやぁああああああ!!!!!』 と、同時に、目の前に迫っていた黒い巨大な地球軍の機体が、フラフラとよろめいている様子が目に入った。 先ほどとは打って変わって、意味もわからないような方向に次々と光線を発し続けるその機体。 しかし間違いなく、その機体から聞こえる声は・・・。 『ちょと、シン!?』 『戻りなさい、シン!!』 メイリンと艦長の声が耳に入ったが、シンの頭には遠い街の海岸線が浮かんでいた。 キラキラと水面に反射する光、そして底がないとも思わせる深い青色の波。 そして、そこで踊っていた少女の姿。 やさしい笑い声。 金色の髪。 笑顔。 次の瞬間、シンは弾かれたように機体を黒い機体の方へ旋回させていた。 『シン、どういうつもり!?戻りなさい!!』 そういう艦長の声が遠く後方へ響いていくのが聞こえた。 シンのデスティニーが黒い機体の直前まで迫った時、少女の叫び声はもうすでにピークに達していた。 『いや、いや、やめてぇ!!!!!来ないで!!!!!!!』 「ステラ!!!落ち着いて。俺だよ、シン、だよ」 シンは息も切れ切れに、ゆっくりと落ち着いて言った。 自分でもびっくりするほど、穏やかな声だった。 『・・・シン?シン!!』 「やっぱり。ステラだったんだね?」 『うん、ステラ・・・』 「大丈夫だよ、俺がここにいるから」 一瞬、時が止まったようだった。 なんでここにステラが、とか。ああ、俺は地球軍の士官の人に騙されたんだな、とか。 思ったけど。 ・・・・もうそんな事どうだってよかった。 ステラがいる。俺が、守りたい。いや、俺が守らなきゃ。 それだけを、強く、強く感じた。 『ステラ、死にたくない・・・・!!!イヤぁぁっ』 「大丈夫だよ、俺が、君を守るから」 『シン・・・まも、る?』 そう言ったステラに返事をしようと思ったシンは、しかし通信機の向こうの別の誰に出鼻をくじかれた。 『そうだよ、ステラ。大丈夫だ。俺も・・・ジンもいる』 『ジン・・・も?』 『ああ。俺も、アウルもスティングもいる。だから大丈夫だ』 誰だ・・?いや、この声・・・どこかで、 『そうだろ?アウル、スティング』 通信機の向こうで振り返るようにそう言う声は、とても優しかった。 『ああ。ここにいるぜ』 『んったく!また暴れだしやがって』 また別の人間の声が耳に入ってきた。 あれ・・?この2人の声も、やっぱり聞いたことが・・・。 しかしシンの思考も虚しく、デスティニーの通信画面には映らない人物達の声は、会話を続ける。 『でも、どーすんの?ザフトのソイツ』 ザフトのソイツとは、俺のことだろうか・・・? 『いいのか?ジン。ソイツも巻き添え食らうぞ』 『かまわない。・・・いや、逆に手間が省けた』 手間が、省けた・・・・? 一瞬、シンはぞくりと震えた。 はめられた・・・・!? 『ステラ、大佐が言ったこと、覚えてるな?』 しかし最初に聞こえた人物の声は、なおも優しくステラに話しかける。 『・・・ネオ?・・・うん。覚えてる』 ステラがそう言った瞬間、ずん・・と内臓を揺さぶるような音がして、ゆっくりと目の前の黒い機体がこちらに向かって進み出した。 シンはあふれ出る恐怖と不安を必死に押さえ、息を飲みデスティニーを後退させる。 1歩。 と、ステラがか細い声をこちらに向けてくる。 『・・・・シン、ステラ、守る・・・・?』 しかしシンの中の恐怖と不安は、ステラのその声を耳にした瞬間に消え去っていた。 「うん。守る。守るよ」 2歩。 安心したように穏やかな声が、ステラの口から紡がれる。 『よかった・・・シン・・・』 「うん。約束したよね、」 3歩。 「俺がステラを、守るって」 『今だ!!スティング、アウル!!!!!』 その瞬間、華南自体を揺さぶる、今までとは比べ物にならないほどの爆音が響き渡った。 と同時に、デスティニーのコックピットは赤い毒々しい炎と茶色の砂塵で覆われた。 そして、ビリビリと空気そのものを震えさせるような振動がデスティニーを襲った。 なんだ・・・!?何が起きたんだ・・・!? シンはそう叫ぼうと口を開いたが、またもや通信機の向こうの誰かに声を遮られた。 『ショータイムだ』 通信機の向こうの人物の口が、不気味につり上がったような気がした。 次の瞬間、巨大な爆音と炎がその場にいた全ての戦艦や機体、人間を飲み込んだ。 華南に待機していた戦艦という戦艦、機体という機体は全て吹き飛ばされ、轟音とともに爆発した。 巨大などす黒いキノコ雲が上がり、華南基地一帯は舞い上がった砂塵の茶色と、空の灰色、そして全てを焼き尽くす炎の赤で染められた。 爆心地付近にいたデスティニーも例外ではなかった。 シンの意識は、爆音が聞こえてから1秒と経たずにその場から消滅した。 BACK TOP NEXT |