29. 「早く元に戻せ!なんだこれは!?」 ジブリールは、思わず座っていた椅子から立ち上がる。 と、グラスの中のワインが、テーブルに叩きつけた途端に踊り出る。 飛び散ったワインが、足下の毛並みのよい白い絨毯に、赤い染みを作った。 しかし、そんな些細な事は、今のジブリールにとってどうでもよかった。 今まさに、自分の目の前で起こっている出来事に比べれば。 『いったいどういう事だね?ジブリール』 ことの始まりは、・・・些細な出来事だった。 大西洋連邦の首都のテレビが映らなくなった。 それを皮切りに、地球上のあらゆる都市で、テレビ・ラジオ・インターネットを含めた全ての通信機器が支障をきたし始めた。 もちろん、ジブリールの私室の壁一面に並ぶ数十のディスプレイも、ほぼ全てがブラックアウト。 ジブリールは、観察していた華南の様子・・・・たしかテロリスト達が乱入してすぐ、だった・・・が途切れ、苛立っていた。 あそこには、ファントムペインの連中を行かせてある。 もちろん・・・デストロイもだ。 ベルリンでは成功したが、それはザフトの最新鋭艦、ミネルバがいなかったからとも言える。 ジブリールは、確固たる勝利が欲しかった。 デストロイの真の性能、そして地球軍の成功を世界中の愚鈍な人間どもに知らしめる為には、華南を侵攻してくるザフトを完全に叩き、勝利を得なければならないのだ。 打ってくる残酷な連中、人間でない化け物どもから、自分たちの土地を、自分たちの手で守り抜いた・・・という勝利を。 だと言うのに・・・・!! 『全く・・・君の不手際には、ほとほと愛想が尽きるよ』 おそらく各々の自室で、ジブリールと同じように華南の映像を見ていたのだろう。 モニターがブラックアウトしたのを、ジブリールの責任だと非難する通信が、他のロゴスのメンバーから入ってきた。 『全く・・・どうしてこんな事に・・』 小さく舌打ちをしながら、ジブリールは拳を握りしめた。 ロゴスは、メンバー専用の独自回線を引いてある。 よって、地球上で何があろうとも、例え全ての画面がブラックアウトしようと、メンバー間での連絡・通信は可能だ。 ジブリールの私室、数十のブラックアウトした画面のなかで、8つのディスプレイだけが、今だに光りを放っていた。 もちろん、ジブリール以外のロゴスのメンバー、8人全員の顔を映し出すディスプレイ、だ。 『・・・・・・誰かが、操作したのよ』 と、老いた老人の声ではなく、色気を含んだ女性の声が、ジブリールの耳に入ってきた。 『なんだと!?』 『まったく、どうしたらそんな答えが出てくるのかね?ベルカ』 『これはジブリールの不備なのではない、とでも言うのか?』 突如発せられた場違いとも言える女性の声に、ロゴスのメンバーは怒りをぶつけるとも、あきれ果てているともつかない声で批判する。 8つのディスプレイのうちの1つに映る、その声の主は・・・ベルカ・ルーベンス。 彼女は、ジブリールと同じく、ロゴスのメンバーだ。 金髪の髪、透き通るような白い肌、蒼い目、美しく、なおかつ妖艶な笑み。 地球がまだこのような体制に別れる前からある、典型的な大西洋連邦出身の純血のナチュラル。 それが、ベルカ・ルーベンスという女性を形容するのに、もっとも適した単語だ。 9人いるメンバーの中で、唯一の女性であり、年齢はジブリールと同じほど。 そのベルカ・ルーベンスが、彼女特有のあでやかな声で、ゆっくりとたしなめるように言った。 『ニューヨーク、香港、キャンベラ、パリ・・・・。地球上の、ほぼ全ての都市の映像がブラックアウト。そんな大規模な支障・・・・、それが全て、ロードの不手際から生じた事だと・・・本気でお思いですの?あなた方は』 「どういう事だ!?ベルカ!?」 怒りが沸点に達しかけていたジブリールは、とっさに叫んだ。 ディスプレイに映るベルカが、その妖艶な笑みを崩さずに答える。 『つまり、誰かが前々から・・・そうね、数ヶ月以上前から、われわれ地球軍の電波、通信機器、ネット・・・全てを操作していた可能性がある、という事よ』 『まさか・・・!』 『そんな事が・・・・!!』 驚嘆の声をあげる他のメンバーをよそに、ジブリールの脳裏には、ふと、それらの動作が全てが可能な人物の顔が浮かんだ。 『そうよ。それが可能な人物は、ただ一人・・・・』 地球上の全ての都市の情報網を崩し、我々ロゴスを手玉に取れる、唯一の、そして絶対の権力の持ち主。それは・・・・! 「デュランダル・・・!!!」 ジブリールの脳裏に、あの偽善者ぶった顔が、ありありと浮かぶ。 ユニウスセブン落下の直後、救いの手をさしのべると言って、赤道連合を味方につけた、あの偽善者。 地球にとっての史上最大の災難を、まんまと自国の権利と力の誇示に利用し、すりかえたあの男。 『ご名答。彼なら、可能でしょ?』 憎しみとともに舌打ちをしたジブリールは、再びベルカの声が耳を打つのを聞いた。 『・・・いや、彼以外の人間にはできない』 言いながら、我ながら実に的を得ている発言だ、とベルカは思った。 大西洋連邦の大統領と言えど、目の前の画面に映る、こんなくだらない組織の党首の言う事を、簡単にきいてしまう・・・いや、きかされるのだ。 独断、しかも単独でこんな事ができるのは、大西洋連邦の諜報機関を退け、今や世界トップレベルの諜報機関となった、悪名高いプラントの情報戦術特別科(Infomation Tecnical Special Force)・・・・その頭文字を入れ替えて呼ばれる通称、シフト(SIFT)くらいだ。 そして、そのシフトを操れるのは、現プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルのみ。 「それを只単にロードのせいだとは、おっしゃることはできないのではなくて?」 心の中にどろどろと溜まる負の感情を必死に押さえ、ベルカはゆっくりと余裕の表情で続ける。 こんなヤツらのために微笑みを浮かべるのも、・・・あと数分で終わるんだから・・・!! 『むむ・・・』 『確かにな・・・』 「しかし、今我々が、焦って非難したり、ヘタに移動したりすれば。そうね・・・・・最悪の場合、地球の各都市に潜伏しているかもしれないザフトの情報機関・・・・シフトに、捕らえられるかもしれませんわ」 『なんだと!?』 『シフトが!!そんな!!』 「あくまで私の想像、ですけれど」 想像ではない。数週間前・・・A、本人から直接聞いたのだから。 議長が、地球上の全てのメディアをジャックする、と。 そして・・・、 「数ヶ月前から地道に施しをし、意のままに、地球上の全てのメディアをブラックアウトさせたとすると・・・。何か見せたい物でも、あるのかしら?デュランダル議長は」 他のメンバーと同様、いかにも考えている、といった様に見せるため、自身の細い顎に手を当ながら、ベルカは思った。 デュランダル議長、全く・・・とんだ狸ね・・・・。 そして、A・・・・アスラン・ザラも。 デスクの上に置いてあるAの写真を見ながら、ふと、ベルカは暗い自室で笑みをこぼしていた。 と同時に、この2年間ずっと心の中に溜め続け、もう耐えられないと訴える感情が、危うく溢れそうになる。 バカな大統領。誇りをなくしたナチュラル。 全ての罪を、コーディネーターに押しつける事でしか昇華できない連中。 その根元とも言える、ロゴス。 古い考えに縛り付けられているジブリールも、・・・いや、ロゴスを潰そうとするデュランダルですら。 みな、Aとわたしの考えている結末を、知らない。 世界に下る罰を、誰もが予想していない。 予想なんて、できるはずがない。 そうしてみな、狂ったように踊り続ける・・・・。 その終焉が、黄昏が訪れるまで。 ・・・・すべてが。 すべてが、おかしいわ。 この緊急事態に、なぜか笑い出した目の前のベルカ・ルーベンス。 優雅に、そして不気味に笑う画面上の女性は、ジブリールの疑問をかき立てるのに十分だった。 しかし、画面いっぱいに映し出されたベルカの顔に、ジブリールは思わず声をあげざるをえなかった。 「じじいどもから庇ってくれた事に対しては礼を言う。だがなんだ!?いきなり回線を・・・・!!」 次の瞬間、数十の画面が結合して一つの巨大なスクリーンになり、ジブリールの目の前に、巨大なベルカ・ルーベンスの顔を映し出した。 『2人だけで、話しがしたいの。他のメンバーの通信は遮断しておいたから。これで小言を言われずに済むわよ』 憮然としたジブリールとは正反対に、ベルカはそれまでの妖艶な笑みをかき消した。 そして・・・真剣な表情で問いかけた。 『ロード。最後に聞きたい事があるの』 「最後・・・?一体どういう・・・」 『あなたは、他のおじいさま方とは違うわよね?』 他のおじいさま方・・・ロゴスのじじい達の事を言っているのか? だとすれば。 「当たり前だ!あんな家畜同然の老いぼれたじじいどもと一緒にするな!!」 『なら安心だわ。あなた、コーディネーターが嫌いよね?』 「それも当たり前だ!!嫌いなど・・・そんな生ぬるい単語で説明できるか?地球上のナチュラルは、みな憎い、コーディネーターという存在が!!この世に生まれ落ちた瞬間から、差別を強要されてきた我々にとって、コーディネーターという化け物の存在が、あの宇宙に浮かぶ目障りな物体が、どれだけの苦痛か・・・・!!それは貴様も同じだろう!?ベルカ、この期に及んで何が言いたい!?」 ここに来て怒りが爆発したジブリールを、やはり真剣な表情で見下ろしながら、『じゃあ、聞くけど』と、巨大な画面に映ったベルカは言った。 『2年前、あなたがロゴスの新しい党首になった時・・・・・・・・なぜ、エクステンデットの実験および研究を中止させなかったの?』 画面上のベルカは、今まで見たこともないような切ない表情を浮かべている。 『私は・・・コーディネーターなんて嫌いよ。遺伝子をいじくって・・!!・・・バカみたい!!』 おおよそ普段のロゴスの会合の時に見せる妖艶な表情とは、似てもつかない、切ない、悲痛な女性の顔。 今まで見たことのないベルカの表情に呆気にとられたジブリールは、しかし今この時に、なぜ彼女がこんな馬鹿げた話をし出すのか、・・・理解できなかった。 「・・・それがどうした!今頃何を、」 『なら、どうしてナチュラルを実験材料みたいに扱うエクステンデット制度を推奨したの!?子どもに変な薬を投与し、虐待し、洗脳して・・・!!まるでコーディネーターみたいな真似を!!なんで、あの前党首が残したバカみたいな制度を、まだ・・・!!!』 「お前もコーディネーターが憎いんだろう!?ならば、どんな手を使ってでも、コーディネーターを滅ぼさねばならないのだ!!それくらい、お前も・・・・!!」 『じゃあ、・・・・大統領も、・・・そのために!?』 「そうだ!!大統領!?あんなヤツ、ロゴスの後ろ盾がなければ落選していた!!エクステンデットだと!?ハッ、遺伝子を操作する人間に比べれば、薬で洗脳するほうがまだマシだろうが!!何を言い出すかと思えば、今頃それか!?それより華南を、」 『そうね。あなたはまだマシだと思ってたわ』 突然態度ががらりと変化し、瞬間、ジブリールは、ベルカ・ルーベンスの鋭い視線に射抜かれた。 巨大なディスプレイ上のベルカが、冷たく見下ろす。 瞬間、ジブリールはなぜか、凍えるような悪寒を覚えた。 こんな鋭い、刺すような目をした人間・・・・見たことがない。 目の前にいる、この女性は・・・・本当に、自分の知っている、ベルカ・ルーベンスという女性なのか? 2年間、9人がお互いの弱みを握り合い、お互いがお互いを監視し合う状況に身を置いていた、ロゴスのメンバーの一人なのか? しかし、そんな逡巡もむなしく、ベルカはジブリールに、突き放すような鋭い声を浴びせた。 『お望み通り華南の映像、見せてあげるわ。ああ・・・それから。あなたは勘違いしてるみたいだから、最後に教えてあげる』 「貴様一体・・・、」 『 ジン は、あなたの秘書じゃないわよ。2年前から』 と、画面が、何事も無かったかのように華南の映像を、次々に映し出し始めた。 ベルカの顔は、もうどのディスプレイにも映っていない。 ・・・・なんだ? 一瞬、放心状態に襲われたジブリールは、だらりと椅子になだれ込んだ。 何が言いたかったんだ、ベルカ・・・・。 それに、なぜあいつがジンの事を知っている? ジンは私の秘書だ。ベルカとジン、あの2人に面識があるはずがない。 だが、2年前から、秘書じゃないとは・・・どういう事だ・・・・? もやもやとした感情を抱きつつ、まだ呆然としている脳を動かし、椅子に備え付けてあるモニター操作のパネルをいじってみたが、・・・・・確かに正常に作動するようだ。 しかし、正常に作動し始めたディスプレイに映し出された映像を目にし、ジブリールは愕然とした。 目の前に映し出されたのは、灰色の煙に埋め尽くされた華南。 あらゆる戦艦、機体が破壊しつくされている映像。 まさに、地獄絵。 しかし、ジブリールにとって、そんなことはどうでもよかった。 あらゆるディスプレイを操作し、様々な角度からの映像をモニター上に映し出させてみたが、どの画面にも・・・・デストロイとおぼしき機体は見あたらない。 そんなバカな・・・!? 「デストロイは!?デストロイはどこだ!?」 デストロイは巨大だ。重さも高さも、通常のモビルスーツの数十倍はある。簡単に隠せるはずはない!!だというのに、どの画面にも爪の先ほども映っていないとはどういうことだ・・・!? いや、それだけではない。 デストロイどころか、煙にまかれて戦局がどうなったのかさえもわからない・・・!! そんな、こんなバカな事が・・・!? 『いったい、これはどういう事かね?ジブリール』 自分と同様に、普及したディスプレイ越しに華南の様子を見たらしいロゴスのじじいどもが、一斉に嫌味の通信を入れだしたのと、ほぼ同時だった。 ・・・・画面上のディスプレイ一面に、あの憎い男の顔が現れたのは。 『みなさん、私はプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルです』 BACK U.<傾く世界>編 TOP NEXT |