31.


ジンとネオは2人、長く複雑な廊下を急いでいた。
こういう緊急時には無重力下に限る。
慣性に身を任せ、手すりに沿って滑るように進めば、大した労力を消耗せず、なおかつ最短時間で目的地にたどり着くことができるからだ。
「ジン」
徴集がかかると同時に暴れだした、ザフトの捕虜を黙らせるのに約1分。
今いる第一機関室から・・・もう通り過ぎたが、・・・ブリッジにたどり着くまで約3分、といったところか。
遅い。小さく舌打ちをしたのち、自分に声をかけたのが隣の人物だったと気づくには少々時間がかかった。
「はい」
前方を向いたまま、声をかけた人物・・・ネオ・ロアノーク大佐に言葉を促した。
3度目の角を曲がったところで「”鍵”を渡す前に聞いておきたいことがある」と発したネオの顔も、やはり前方を向いたままだ。双方とも、互いに急がなければならない事を心得ている。
「華南での監視カメラ対策なら大丈夫です。そのためにアウルとスティングに働いてもらったんですから」
そう言って、今はこの艦で眠っている3人を思い浮かべた。
普段こそ口に出して言うような事はしないが、ジンはアウルとスティングのパイロットとしての腕を信用していた。彼の期待どおり、華南で無人のカオスとアビスを遠隔地から一寸も狂わず操作してみせた彼らは、爆発と同時に連合・ザフト両軍の監視カメラを破壊し、任務を遂行。ガーティー・ルーの宇宙への極秘渡航の映像を微塵も残さなかった。
一時はどうなるかと心配したステラもやはり優秀で、大佐が指示した”爆発の被害が最小限のポイント”にデストロイをもって行った。
爆発。そう、あの爆発の際にスティングが「まきぞえになる」と言ったザフトの少年。

それが、シン・アスカ。

捕虜であり、我々の未来に重要な役割を果たす”鍵”である、その少年。爆発の混乱に乗じて回収しようと考えていたのだが、まさかAの言ったとおり、本当にあちら側から出向いてくるとは。
つくづくバカなやつだ。
ジンは先ほど会話を交わした捕虜を思い出して、苛立った。
無邪気に世界が変えられると信じ、その純粋さゆえに利用されやすい、典型的な世間知らず。それに加えてMSの技術が優れているというならば、尚のこと。デュランダルのような人間に目をつけられてもおかしくはない。軍としては利用甲斐のある模範的な駒だ。
何も知らないくせに、わかったような言葉を平然と言ってのける。痛みを理解した気になっている。がんばればなんとかなる、信じていれば変えられる。ばかばかしい。まるで昔の俺だ。見ていて腹立たしい事この上ない。
再び舌打ちしようとしたジンは、エレベータに乗ったとたんにネオから発せられた「監視カメラの件じゃない」という言葉に、無言で視線を向けた。ブリッジの位置する階のボタンを押しながら問う。
「・・・では一体、」
「爆弾だ」
鉄仮面のように表情を崩さずにぴしゃりと言い放った。
「華南侵攻作戦の終盤。あの大きすぎる爆発。あれは誰が仕掛けた」
あまり感情を表に出さないこの男が、口調に不快を明らかに含んだ形で質問をよこした。以前していたその仮面を外しているからだろうか。目が”お前は知っているはずだ”と、無言の圧力をかけてくる。

やはりあなたも連合の軍人ですね。

皮肉でも嘲るわけでもなく、心の中でつぶやいたジンは「・・・・デュランダル以外に、誰がいるんです」と答えた。
あの地球脱出の際に起こった爆発にしても、デュランダルが我々をプラントへ逃がすために講じた手段。数週間前の面会で、こちらがエクステンデットの情報を提供すると告げると、相手は微笑みながら言った。

ささやかな手助けをしよう、と。

ネオも少しは心得ていたらしく、「あの爆発にしては被害が少なすぎると思ってはいたが・・。司令部の連中は、今行われている演説の対応で手一杯。そこまで頭がまわらずに、爆発の原因も爆弾の出所もうやむやで終わる、か。」と肩を竦めた。
そして皮肉交じりの微笑を浮かべ、「人数が多く複雑な上層部の弱点を、よくよくご理解のことで」と言いながら、移り行く数字を見つめる。 無言で肯定の意を示したジンも、つられて頭を上げた。
階下を示す数字が、数秒ごとに増えて行く。2・・・・3・・・・・。
「結局、何もかも全てデュランダルの思惑どおりという訳です。本当に、末恐ろしいですよ」
口に出した瞬間、頭の中で面会時のデュランダルの顔をはっきりと思い描いてしまい、ジンは身震いした。
オーブが憎い。自分の生れ落ちた地、オーブが。
任務のためとはいえ、思わずその本音が口をついて出てしまった自身の失態はいいとして、その後の彼の笑顔が。

『そうか・・・。君はとても辛い目に、遭ってしまったのだね』

そう言って、彼は微笑んだ。瞬間、背筋がぞくりと粟立った。
自分が至って普通の人間であったなら、その笑顔はまさに菩薩のように見えたのかもしれない。だがしかし齢17にしてあらゆる人間の醜い笑顔を目にしてきたジンにとって、彼のその笑顔は薄ら寒い恐怖を感じさせるものでしかなかった。
相手を心から慈しむような顔の中で、目だけが笑っていない。
いや、目は笑っていたのかもしれない。・・・心は笑っていない。
まるでギルバート・デュランダルという人物の形成する、ある種の奥深い闇を覗いてしまったかのようだった。恐ろしく、面会中に差し出されたチェスにもあまり集中できなかった。たしか自分が白、だったのだろうか。やはり曖昧だ。

しかし。”彼女”は、そのデュランダルですら甘いという。
数週間前、ジブリールの元にザフトで特種兵器を極秘に開発しているとの報告が入った。ジンは内情調査と偽りジブリールの許可を取り、単独でプラントへ向かった。もちろんそれは出任せで、デュランダルとの単独面会が真の目的なのだが。
事の発端。デュランダルとの面会を申し付けた人物。彼女は。


『ロゴスは落ちるわ』


数週間前、大西洋連邦のターミナルで定時報告をした際、ベルカさんはこう言った。
『今や世界はプラント・・・デュランダルに傾いている。ロゴスが落ちるのは時間の問題ね。まぁ、マスコミはクラインがアスハが、と騒ぎ立てているみたいだけど。デュランダルだってバカじゃない。そちらの対策も講じているわ』
わかっていながら、なぜ今更デュランダルと直接面会など。
『部下がちょっとした情報を掴んだの。デュランダルが戦後やろうとしているらしい”プラン”の断片をね。それを確かめたいのよ。ジン、あなた本人に聞いて確かめて頂戴。事によってはジブリール達の後始末にも影響が出るの』
全くもって不可能だと言える任務を、ゲームを楽しむかのように笑顔で平然と告げてくる。
それが彼女・・・ベルカ・ルーベンスという人だ。
しかし、裏を返せばそれだけ自分を信用してくれているということ。ならば彼女の信用には答えなければならない。
オーブのオノゴロで家族を失った際に、色々と世話になった彼女。自身の能力に気づき、引き出してくれた彼女。そしてその彼女が、信用している部下に対してはそれ相応の態度を示すことも、己はよく知っている。
『だけど、最終的にはデュランダルもダメ。大体面白くないのよね、デュランダルって。その”プラン”も、こちらの情報が正しければだけど・・・あまりに壮大で夢を見すぎてるし。いきなりあんなのを提示されて、コーディネーターはまだしも、私達ナチュラルが素直にはいそうですと納得するとでも思ってるのかしら? まぁ、彼はジブリールよりは大分マシだけど。でも・・・甘すぎるのよ、彼のやり方も、その”プラン”も。私はもっと、確実なものが欲しいの』
語尾だけが確実に強まった彼女の声を聞きながら、機械越しに問い返す。
では。
『プラントから帰ったら、”ターゲット”に面会を希望してると伝えてほしいの。そう・・・デュランダルの、さらに先の未来を見ているであろう”彼”に』
彼女の口調がいっそう楽しそうに弾む。
___”彼”・・・?誰です?
ザフト関係者ですか?それともプラント政界の人間、・・・まさかアークエンジェルの連中と接触を、・・・なんて、おっしゃらないで下さいよ。
『そんなわけないじゃない』
おかしな子ね、とくすりと妖艶な笑い声を自身に向けた彼女は、いよいよ面白そうに、少女のような弾んだ声で言ったのだ。
『ねぇ、ジン』



『アスラン・ザラって、あなた知ってる?』



意識を戻す。
まるで自分達を待ち構えていたかのように、眼前の灰色の扉が左右に開いた。
と同時に、ジンは自身の頭の中に、2・3週間前のアスラン・ザラとの会合の様が鮮やかに広がっていくのを感知した。







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