33. 「これより“鍵”の確認作業に移る。回線を開いたまま待機せよ。」 通信回線を開き、お互いの存在を確認した後。ついにオペレーションは開始した。 オペレーション・ワルキューレ。 その作戦の、“自分たち”の役割はただ一つ。 地球連合所属の戦艦であるガーティ・ルーとその戦闘員を、秘密裏にプラントへ運び入れること。 相手は腐っても地球軍だ。あちらに本当に戦闘の意がないこと、そして本物のガーティ・ルーであることを確認するために、上層部は、華南侵攻の際に、偶然を装ってガーティ・ルーのクルーと直接接触したことのあるザフト兵一人を“鍵”として送り込んだ。 その“鍵”自身は、自分がそのような目的で故意に“送り込まれた”など、夢にも思っていないだろうが。 「“鍵”を確認してくる。戦闘態勢のままでいろ。」 それはつまり、わずかでも相手側に反乱の兆しありと判断すれば、即座に打てということだ。クルーはその意味を無言で受け止める。 ザフト側の艦隊を束ねる白服の男・・・・そして同時に、この作戦の総指揮を任されている彼は、端的に命令を下した後、黒服をまとった部下の顔を見つめることなく、ブリッジの出口へと体を浮遊させた。 正確には、顔を見られたくなかったからに他ならない。 「隊長。」 「なんだ。」 ふと、ブリッジの通信士が声をかける。その声色は、少しの疑問を宿していた。 「隊長は“鍵”と直接の面識はあるのですか?」 「さぁな。」 即答だった。「だが、」と言いながら、白服の男はエレベーターに体を滑り込ませる。 「・・・・よく知っている。」 そう言った瞬間にエレベーターのドアがぴしゃりと閉められた。 閉まると同時に、白服の男は苦悩するように右手を額に当てた。それは、数秒前までブリッジで戦闘指揮を執っていた厳格な顔とは、まるで別物だった。 (因果応報か・・・?こんなところで。) ディスプレイに映った顔。 地球連合軍第81独立機動群の人間。こちら側の直接交渉を承諾した連合の男。 その男はジン・フォークランドと言った。 情報では、彼はオーブ出身。家族をオノゴロで亡くした数多くの犠牲者の一人であり、だがその悲しい事実が、彼を連合のスパイへの道へと導いた。 だが真の目的は、連合の解体とオーブ再生だと。そう語ったという。 彼がどういった経緯で連合の傘下に入ることを決意し、そしてなぜ連合の機密情報をザフトに売るに至ったのかはわからない。 だが、そのあどけない表情に鮮やかな緑色の髪を称えた少年である彼が、自分とは隔絶した世界に身を置いてもおかしくはない彼が、戦争の黒い部分を知悉した人間だという事実が白服の男を苦しめた。 それがたとえ、“他人の空似だとしても”、だ。 そう、少年のあどけない表情、そして柔らかな若草色の髪は、“全く一緒だった”。 だが相手を精査するような、機械のような冷めた瞳だけが違っていた。 アイツはもう少し柔らかい瞳を宿していた。そう、戦場に不似合いなほど柔らかな、慈愛に満ちた瞳。志半ばで散って逝った瞳、そして自分たち赤服の中の、誰よりも強かったアイツの瞳は。 「ニコル・・・・っ」 白服の男は額に当てていた右手を握り締めた。 因果か偶然か。 ディスプレイに映った連合の少年は、かつて戦死した戦友と瓜二つの顔をしていた。 * その、少し前。 同じ宇宙空間。重力が支配していない狭い廊下を、パイロットスーツを着た人影が音も立てず進んでいた。 スーツと同じタイプのヘルメットを被っているため、その表情はわからない。 突如、その中の一人が白い地面を蹴って鮮やかに躍り出た。そして、しなやかな無駄一つない動作で、天井から吊り下げてある監視カメラにスプレー塗料を吹き付ける。 その間、別の一人は銃を構えながら、素早くドアの開錠ボタンを押し始めた。 と、突如後方のドアが開き、「おい、どうした?」という呑気な声とともに一般兵が顔を出した。 緑服を着た一般兵は同じ船に乗る仲間に、「カメラが故障でも」したのか、と話しかけようとしたが、男の持つスプレー缶、そしてその背中に掛けられた黒塗りのマシンガンを目にした瞬間、「おい!何してる!?」と、敵を前にした威嚇の表情で叫んだ。 男の持つスプレー塗料。それは本来ならば塗料の役目を果たすが、この場では監視カメラの視界を塞ぐために使用されている。 そう理解するや否や、一般兵は素早く銃を構え、男に照準を合わせた。その照準は確実にその男の心臓を捕らえていたが、彼はその男に意識を集中させすぎるというミスを犯した。 男の視線がちらりと背後に投げられたかと思うと、扉の影に隠れていた三人目が背後から一般兵に踊りかかった。一般兵が慌てて振り返るよりも早く背後から口を塞ぎ、同時に銃を握っている手を素早く強打する。 パンっ、と乾いた発砲音が響くものの、一般兵が照準を定めたはずの男は先ほどの場所にはいなかった。 どこに行った?そう思うよりも先に、何かが一瞬視界を掠める。それは敵の冷めた瞳であり、その男が繰り出した肘が自分の肋骨に食い込んだという事実を理解した頃には、一般兵は既に意識を失っていた。 「コード入力完了。後は、その人のデータと指紋を。」 そう言って、それまで黙って開錠コードを打ち込んでいた一人が、意識が既に無い一般兵を顎で示す。 鮮やかな手際と、息の合った三人目との連携で一般兵を無力化した男は素早く緑服を探り、コードが書かれたネームカードを探り当てると機械に通す。ピッという電子音が三人の耳を打ったかと思うと、目の前を分厚い扉がゆっくりと開いた。 「突入する。全員の無力化を図れ。」 三人目の男がそう言うと、彼らは扉の内に吸い込まれるように消えていった。 * 「だせっ、て、このや、ろう!!!」 力の限りの声を荒げ、シンは目の前の分厚いドアを叩いた。 先ほどから、何がなんだか全くわからない状況に置かれている。 華南侵攻・・・つまり「オペレーション・ヴァルハラ」。その際にステラの乗る機体に近づいたかと思うと巨大な爆発に飲み込まれ、目が覚めてみると、今度はなぜか地球軍の船の医務室にいて、敵の軍人二人に「利用された」だの「戦死扱い」だの、散々な事を言われた。 ステラのこと。レイのこと。ミネルバのみんなのこと。・・・・議長のこと。 気になることが多すぎて頭がついていかない。 だが、そんな中でも、今まさにシンの頭の大部分を支配している人間が一人。 『アスラン・ザラが・・・・鬼が、動き出す』 その一言を聞いた瞬間、シンの頭は冷や水をかけられたような衝撃を受けた。 アスラン。 その単語を少年兵が発したと同時に、シンはベットから飛び出した。 『どういうことだ!?連合のお前が、何でアスランを知ってんだ!?』 胸倉を掴み、相手のあどけない瞳を怒りとともに凝視した瞬間。 再び腹に、つまるところ、傷口をもろに殴られた。意識が途絶えていく直前に聞こえた誰かの声は、どこか哀れみを帯びていた。 『・・・・それが、アスラン・ザラの描いたシナリオだからだ。』 そして、意識が戻ってみれば、どうだ。 何やらシェルターらしき個室に閉じ込められているではないか。 「このやろうっ!いい加減、だっせっつってん、だろ!」 先ほどから力任せにドアを叩くも、全く反応がない。しかも窓のようなものは一つもついていないため、外の様子は全く不明だ。ここが地球連合の戦艦の中かどうかさえ、わからない状況に置かれている。 一体俺はどうなるんだよ!?と、恐怖よりも苛立ちが占める感情でもう一度、唯一ドアだとわかる部分を叩く。 外からの反応なしだと判断すると、力を抜いて無重力に体を預けた。そして今、もっとも気がかりな人間の顔を思い浮かべようとした。 「アスラン・・・。」 久しぶりに耳にしたその名前。シンは右手を握り締め、かみ締めるようにその名を呟いた。 生きてたんだ、なんて当たり前のことを思い浮かべながら、だが同時に底なしの不安が襲う。 (シナリオってなんだ?アスランが描く、シナリオ?) ミネルバで彼と接し、背中を預けて戦い、なんだか難しい話を聞いてきた中で、アスラン・ザラという人間に対する印象が変化していったことを、シンは自覚していた。 アスランは稀代の英雄であり、並外れた腕を持つパイロット。 が、それに反して温厚な性格に、戦場以外の場では立ち回りが下手。もちろん生き方も下手。 だからだろう。彼が何か背負っており、その上さらに背負おうともがいているのは、誰の目に見ても明らかだった。 そして、常に自分にとっては大きく見えるその背中は、ほんの一時だけ、寂しさと悲しさの色を宿すのだと、シンは知っていた。 そんなアスランが、“シナリオ”うんぬんを考えて、打算的に行動するような、個人の欲求を優先させるような人間ではないことも、シンはよく知っていた。 (シナリオ。あの人が、そんなもん考えそうにない・・・。) その時ふと、夕日越しの顔が浮かんだ。 あのとき。深刻な顔で何やら呟かれたとき。あのとき、アスランはあの人は、一体。 ・・・・・・どんな顔をしていたっけ? ドォン、と。不意にその衝撃は襲った。 「うわっ!」 腹に響くような、だがどこかで聞いたような重い機械音が、シンの閉じ込められている個室に反響した。 浮遊していたシンを激しい衝撃が襲う。そして部屋全体が傾いていくような感覚に襲われる。 冗談じゃないぞ、と思いながら、その感覚にぞっとして慌ててバランスを取る・・・・ものの。 「いてぇっ!」 人一人、ぎりぎり乗り込めるほどの空間だ。灰色の分厚い壁に、頭をしたたかに打ち付けてしまった。 「このやろう・・・・!」 一人愚痴を述べるものの、聞いてくれる人間は誰一人としていない。その事実が、シンの苛立ちを刺激した。 「くっそ!誰か返事しろ!!このっ・・・!」 壁についたボタンらしきものを、でたらめに押しまくる。が、先ほどと同様、反応なし。 「出せっつってんだろ!!!」 最後に押した赤いボタンは、だが返答する人間を呼んだ。 『アイツの言っていた通りだな。』 苦笑混じりの、『出してやる。少し待ってろ。』という声が聞こえたかと思うと、次の瞬間再び衝撃が襲う。今度は頭を打つことは防いだ。だが、小さな解除音と共にドアが開いた後、現れたその端正な顔立ちは、シンに頭をガツンと打った以上の衝撃を与えた。 ハッチに手をかけ、廊下の光を背負って立つその男は言う。 「“鍵”を回収。すぐに本部に通達しろ。」 条件反射のように「はっ!」と敬礼をした背後の部下を一瞥し、「“俺たち”のオペレーションは完了か。」と呟いた男の整った横顔を、シンはただ呆然と眺めるしかなかった。 その視線を無言で受け止めた男は、ゆるりと一歩を踏み出した。 なんで。そう思うと同時に、シンは固まった口を辛うじて動かす。 「・・・ア、」 「早くしろ。」 冷たいとも取れる言葉が薄暗い個室に響き、それまで緩みきっていたシンの頭をびくりと振るわせる。 「お前が必要だ。」 シンに差し出されたその手と力強い言葉は、男の優しささえ隠していた。 BACK TOP NEXT |