35. 「今はまだ、アスランの消息はつかめないままです。ただ、わたくし達の仲間が、アスランらしき人物がスカンジナビアにいた痕跡を見つけたそうです。」 『じゃぁ・・・・彼は今、地球にいる可能性が高い、と?』 「ええ。あくまで憶測ですが。しかし、アスランを待っている時間はもうありません。アークエンジェルに向けて、インフィニット・ジャスティスをストライク・フリーダムと共に射出します。」 『・・・・・・。』 「アスランは、必ず戻ってきます。わたくし達、・・・そして、キラのもとへ。」 『そうね。アークエンジェルに収納できるスペースはまだあるし・・・了解したわ。』 「お願いします。」 マリュー・ラミアス艦長を通じて行われたエターナル・アークエンジェル間の通信は、そこで終了した。 すると終わった瞬間、待ち構えていたかのように別の回線が開いた。 『我らも行きます!』 そう言って画面上に映し出された女性の顔は、間違いなくヒルダ・ハーケーンものだった。 金髪の短い髪を携え、黒い眼帯で片方の目を覆っている彼女は、鋭い視線を向けていた。 『ドムの最終調整はもう完了してる。我々に、ラクス様の護衛を!』 ドム・トルーパ。 彼女たちの乗る機体は、黒いボディカラーに紫の腕と足を持つ特殊な形をしたモビルスーツだ。ザフトが開発途中で断念した資料を、クライン派のファクトリーで独自に改良・開発に成功したその機体は、画面上に映るヒルダ・ハーケーンを含めた三人のパイロットが操ることになっている。先日、ファクトリーで最終調整を受けた三機はエターナルに運びこまれ、同時に三人のパイロット達は、二日前からエターナルに合流している。 「どうする?」という風に、バルトフェルドはラクスに顔を向ける。 相反して、ラクスの顔は穏やかに「いいえ。」と頭を振った。 「ヒルダさんたちは、まだエターナルに待機していてくださいな。」 『え・・・しかし!我々はラクス様をお守りせねば!!』 「守るべきは、わたくしではありません。・・・・今は。」 『ラクスさま・・・。』 「大丈夫です。地球では議長の演説で混乱の渦中です。ザフトも、しばらくは目立った動きを控えるでしょう。ですから、今は堪えてくださいな。ヒルダさん、マーズさん、ヘルベルトさん。」 『・・・・はい。しかしっ』 ぐっと耐えるように言ったヒルダは、だが必死に訴えかけた。 『もし、ラクス様がザフトの連中に攻撃されたら、我々三人は、すぐに駆けつけます!!』 その情熱に答えるかのように、ラクスは優しく微笑んでうなずいた。 「そのときは、お願いしますわ。」 『『『はい!!』』』 ヒルダの後ろにいた二人のパイロット・・・・マーズとヘルベルトも声をそろえて頷いた。 決意を決めたように微笑んだヒルダは、『あ、おい、バルトフェルド。』と思い出したように言った。 『大したことじゃないんだ。けど、とりあえず言って置こうと思って。』 「なんだ?」 と促したバルトフェルドに、ヒルダはさらっと、『勝手にエターナルに進入したザフトの伏兵を三人、捕まえたよ。』といった。 「なんだと!そりゃいつだ!?」 『ほんのついさっきだよ。いきなりあたしたちの待機してた部屋に入ってきて、でっかいマシンガン向けてきてさ。』 「なんでさっさと報告しなかった!?」と畳み掛けるバルトフェルドに、ラクスは「それで、あなた方は大丈夫ですか?」と質問をかぶせた。途端にヒルダの顔が微笑む。 『このとおり、大丈夫でした。ダテに昔、赤を着てたわけじゃありませんよ。』 「・・・・ふん。」と咳払いしたバルトフェルドに、『なめるんじゃないよ、砂漠の虎だかなんだか知らないけどな、あたしだって、こいつらだって腕だけは確かなんだよ!』 明らかに態度を変えて言いつつ、ヒルダは少し身を引いた。 後ろにドム・トルーパに搭乗するパイロットの二人の顔がのぞく。 『相手もまぁ、なかなかでしたけど。三人とも今は独房で伸びてますよ。』と、自慢げにマーズが言うと、『甘っちょろいんだ、あの程度で。』と、口に咥えたボルトをくちゃくちゃ言わせてヘルベルトは笑った。そんな二人をジロリと睨み、『呑気に笑ってんじゃないよ!気を引き締めな!』と画面上のヒルダが一喝する。 『とにかく。侵入した三人はもう独房にぶち込んでおいたから安心してくれ。恐らく正規のザフト兵じゃないだろう。戦艦も見えないし、いつ忍び込んだかはわからないけど。となると・・・・』 「ザラ派か?」 途端にヒルダの顔が歪み、『・・・かもしれないね。』と搾り出すように言った。 その顔に答えるように、「そうなると厄介だな。よし、」とバルトフェルドは頷く。 「他に仲間がいないかどうか、手の空いているものに船内を捜索させる。お前らも気をつけろよ。」 鼻で笑い、『へっ!あいつらレベルの伏兵なら、逆に大歓迎だよっ!』とお得意のひねくれ口を叩いたヒルダは、ぶちっと回線を切った。 「あんの野郎・・・。」 バルトフェルドは肩をすくめてラクスを見た。 ラクスも、苦笑するように穏やかな笑顔を称えている。その顔を見てバルトフェルドは、あの荒くれ物の三人が、この少女にだけ頭が上がらないとはな、と苦笑した。いつか、その理由を聞いてみるとしよう・・・。 少しだけ微笑んだ両者は、すっと表情を引き締めた。 「行くんだな。」 「ええ。」 今、彼女には重大な役割を担っていた。 自由と、正義の名を頂く新たな二つの機体。それらを授けるという重大な役割が。 役割の重さと失敗が赦されない状況を肌で感じ取ったバルトフェルドは「じゃあ、気をつけるんだぞ。」とラクスを正面から見て言った。と、 「ラクス様っ・・・・・。」 通信士の一人が心配そうに告げる。見ると、ブリッジのクルー達はみな、不安と心配に溢れた顔をラクスに向けていた。その通信士は、搾り出すように言った。 「・・・・お気をつけて。」 それに答えるように、振り返ったラクスはふわりと微笑んだ。 「ええ。もちろんです。・・・・必ず、成功させてみせます。」 そう言ってふわりと体を浮かせ、ラクスはブリッジを後にした。 護衛の一般兵一人が後に続き、シュッという音を立ててドアは閉じた。 * シンは少し大きめの白いティーシャツに長ズボンという、ガーティ・ルーの医務室で支給された服のまま、目の前の白い影を追っていた。 「あ、あのっ」 自分の前方に位置する一人の男に声をかける。 「さっきの。あれ、遺伝子照合検査じゃ」 「黙って歩け。」 ぴしゃりと言われ、シンはむっとして目の前の男の背中を睨んだ。 他人との回線を遮断するように、男は先ほどから無言で進む。重力が支配しない空間をすべらかに、寧ろ優雅とでも表現するのがしっくりくるかのように進んでいた。 そう、その白服の男は、先ほど床に座り込んだままのシンの右手をぐいっと掴んで引き起こした。 お前が必要だ、と一言告げた後、 「付いて来い。」 とぶっきらぼうに言って歩き出した。 何気なく後ろを向いたシンはそこで初めて、自分が閉じ込められていたのは脱出用ポッドだということを理解してぞっとした。おそらく・・・というか、間違いなく、あの地球軍の船から投げ出され、それをザフトの戦艦に拾われたんだろう。宇宙空間で出せ出せと叫んでいた自分のバカさ加減がつくづく嫌になり、シンは目の前の背中をもう一度睨んだ。 十分ほど前だ。その男は無言でシンの前方を歩き、角を曲がった先にある部屋の前で立ち止まった。そう、医務室だ。 また医務室かよ、と心の中でぼやいたシンは、中にいた数人の人間のなすままに腕を差し出さねばならず、白衣を着た別の男には肩を掴まれ、強引に特種な椅子へと腰を下ろされた。 シンがその椅子に座った途端、画面にはシンのパーソナルデータと写真が映し出され、何秒か経った後に“concordant”(データ一致)の文字がその上に点灯した。 あたりまえじゃん、俺シン・アスカだし。などと思っていると、それまでシンの横で腕を組み、無言を貫いていた白服の男はいきなり踵を返した。 こちらに見向きもせずに、「来い。」と言って部屋を出たこの男の背中に、シンは慌てて続いた。 「助けてくれたお礼は言うよ!でも、その前に教えてくれ!アンタ、・・・よりによってアンタが、なんで俺なんかを」 「入れ。」 またもや冷たく言い放つ。「いい加減に・・・!」とシンが男の胸倉を掴もうとした時、目の前のシャフトは開いた。 ゆっくりと広がる視界に、広大な戦艦のブリッジがぐるりと姿を現した。 ミネルバと変わらぬその大きさ、一見しただけでわかる最先端の機器に、シンは一瞬気後れし、その場に立ち尽くした。そしてまた同時に、兵士達がみな見慣れた制服を着ているという事実に少しだけ安堵していた。連合のあの戦艦の中では、当たり前だが連合の制服しか目にしておらず、どうも警戒心がぬけなかったのだ。 と、一番近くにいる通信士がほっとした顔をこちらに向けてくる。 「“鍵”、照合できたんですね。」 「え?」 俺?と自分の顔を指差すと、真後ろから「ああ。この通りだ。」という声がした。 いつの間にかシンの後ろにいた白服の男は、シンの横を通り過ぎながら「そろそろ時間だ。」と告げ、鋭利な視線をぐるりと走らせる。途端に、ブリッジにいるザフト兵たちを取り囲む空気が変わった。 それは、シンにも覚えのある感覚だった。そう、グラディス艦長が艦長席に着いたとき、メイリンのシークエンスがコックピット上に響く瞬間。 ・・・・・体の中の血が興奮でたぎる、あの瞬間だ。 「回線、開きます。こちらヴォルテール。」 次の瞬間、ブウンといって立ち上がった正面のディスプレイに、広大な宇宙が広がった。 シンは視線だけ横に動かし、男の瞳を見る。その瞳の鋭さに見え隠れする冷たさに、シンはひゅっと音を立てて息を飲んだ。 この男の経歴がシンの頭を掠める。 「これから起こる出来事は、お前も見ておく必要がある。」 そう言って、男は更に瞳を鋭くする。 「それ、シナリオってのと関係してんのかよ・・・・!?」 ぐ、っと息をつまらせたシンは、疑問を吐露した。 思い出す。連合の戦艦にいた緑色の髪の少年は。 「あの、ジン・フォークランドとかいう地球連合のやつが言ってたんだ。 ・・・・それが、アスラン・ザラの描いたシナリオだって。」 その瞬間、白服の男の顔が明らかに歪んだ。しかしシンは、「それに、」と畳み掛けるように続ける。 「何で、アンタはあんな・・・・俺を遺伝子照合検査なんてして確かめるなんて・・・・?」 「遺伝子検査は、お前が本当のシン・アスカであるかどうか確かめるためだ。」 「だから、なんでそんなの確かめる必要があるんだよ!?」 「お前は“鍵”・・・・あの船が本当にエクステンデットを乗せた戦艦かどうかを確認するために送り込まれたザフト兵だ。だが、あの船のクルーがお前の替え玉を用意しているかもしれない。そのために遺伝子検査は不可欠だ。」 「エクス、テンデットって・・・・ステラ!?」 「ああ。お前はエクステンデットの一人と、特に金髪の“ステラ・ルーシェ”という名の少女と接触があった。そして、戦場でお前が少女の乗った機体を発見した場合、必ずその機体に接近すると、アイツが言った。」 「あいつ・・・?」 「だから俺たちザフトは、そして地球連合のあの船に乗っている連中は、お前を“鍵”として利用した。あの船の乗組員全員のプラント亡命のためにな。」 「亡命っ!?」 「ああ。このオペレーションに於けるファーストフェイズ・・・・“俺達”の任務は、地球連合の独立機動郡の戦艦と乗組員を保護し、アプリリウス到着まで護衛すること。」 「“俺達”・・・!?ちょっと待ってくれ!」 動揺するシンは、「俺達ってどういうことだよっ!?アンタらのほかにもいるのか!?」と白服の男の胸倉を掴んだ。 だが、男は鋭い視線をこちらに向け、ぞっとするほど低い声で「離せ。」と言うだけだった。その一言でなけなしの理性が飛散し、シンは胸倉を掴む腕にさらに怒りを込めた。 「議長は何をしようとしてるんだ!?それに、あの人はッ・・・・アスランは今どこにいるんだよッ!?」 冷たく見下ろし無言を貫こうとする男に、シンは必死になって叫んだ。 「アンタは、いや・・・アンタなら知ってるはずだ!教えろ、イザーク・ジュールっ!」 白服の男・・・・イザーク・ジュールは、シンをハッチから立ち上がらせた時と同じく、その鋭利な瞳で優しさを隠していた。が、彼は無表情を貫き通すことはできなかった。拳をギリギリと握り締める。 俺の任務は終わった。だが、俺達“四人”の真の任務は・・・・俺とディアッカ、・・・・そして“アイツら”二人のこのオペレーションにおける任務は。 一度死に人となり、そして地獄から這い上がったという共通の運命を持つ“アイツら”二人が行う、ザフト至上最悪の任務は、 「まだ終わっちゃいない・・・!!」 「え?」 『オーケイ。こっちの状況は全て整った。』という機械越しの声がブリッジに響き渡った。 『オペレーション・ワルキューレ、セカンドフェイズを開始する。』 「誰だ?」と呟くシンをよそに、イザークはそこで初めてシンの瞳を正面から見た。 一瞬目を細め、「そして、」と言った。 「“鍵”であるお前には見る義務がある。アイツの・・・・“今”のアスラン・ザラの顔をな。」 その言葉に喚起される顔。 夕陽ごしに、ぽつりぽつりと零すように話した日の顔。 最後にふっと笑ったその顔。 その顔の持ち主、アスラン・ザラの顔をはっきりと思い描くことができず、そんな自分に、シンは愕然とした。 BACK TOP NEXT |