36.


ラクスがエレベータに乗り込むのを待っていたかのように、その警報は鳴り響いた。

『全員、配備だ!』

追うようにバルトフェルドの声が響く。

『つけられた!ナスカ級一、八時の方向から追ってきやがる・・・!』

目の前の小型端末機が響く。
手のひら大のモニターから発せられる怒号で、モビルスーツ保管庫へ続くエレベータの壁がビリビリと震える。その振動は、壁を通してラクスの背中にも伝わった。
護衛の一般兵が持つ小さなモニターに向かって、「では、」とバルトフェルドに問うと、『ああ。今は例の二機の射出よりも先に敵を撒く!!ラクス、お前さんはひとまずパイロット控え室で待機だ!』と返ってくる。
が、ラクスを警護するために付いている護衛の一般兵は、「しかしっ、」と手に持っているデバイスに向かって叫びにも近い声をあげる。

「今を逃せば例の二機の射出はっ!」
『大丈夫だ。あと少しで確実に撒ける。これから、』

画面上の厳つい顔がにやりと笑った。『デブリにつっこむからな。』

「デブリ帯!?無茶だ!」
『ああ、危険は承知だ。だけどな、このまま追いつかれて例の二機を射出すらできないままオダブツのほうが、俺は嫌だね。』
「・・・・」
『あんたは違うのか?お姫さん。』

常にそうであったように、すべてを見透かすような鋭い双眸がラクスを捕らえる。
『そうしかめっつらしなさんな。』と、少しだけ表情を緩めて続けたバルトフェルドは、すぐに表情を元に戻し、『逆にラッキーかもしれん。』という。

『デブリは障害が多すぎるし、簡単に身動きが取れなくなる。が、障害が多い分、電波による索敵がほぼ不可能になる。』
「つまり、ザフトに例の二機の射出を気づかれる可能性も減る・・・そういうわけですね。」
『ご名答。』
「わかりました。」

ほう、と息をつく。
なぜこんな大事なときに。偶然?それにしては、できすぎているような気がする・・・・。
通信デバイスの画面はプツン、と音を立てて切断されたようだ。
警報がうるさく響く小さな部屋で、その小さすぎる切断音は聞こえなかった。 その事実が、なぜかラクスの不安をより濃く、深いものにした。







「コンディションをレッドへ移行。」

ぽつりと呟くように発せられた言葉に、ブリッジのクルー達はあわただしく動き出した。
画面上から伝えられた情報により、“目標”が勢力化へと入ったのは確実。
それは、当事者であるラクス・クラインの口から発せられたもの。
よって、間違いであるはずがない。

「回線を開いておけ。」

慌しくキーを叩くもの、ヘッドセットに付属するマイクで連絡を取るもの、状況を分析するもの。ブリッジがこれからの戦闘の匂いを感じ取りビリビリと震えるなか、まるで場違いのように動かない人間が、ひとり。
このブリッジの中央より少し上、艦長席よりも上部。おびただしい数の戦艦を一度に操ることが出来る、戦場で唯一、絶対の最高のポスト、すなわち“隊長”。
たった一人。
そこに座ることを許されている男は、右ひじを付いたまま視線を左に動かした。

「連絡は。」
「確認しました。目標C(ターゲットチャーリー)、D(デルタ)、F(ホックスロッド)の三機は、既に掌握したとのことです。」

にやりと微笑んだ通信士を一瞥し、男は視線を目の前の巨大なスクリーンに滑らせ、呟く。
「目標B(ブラボー)が出てくるまで、最低10分。」

そうして無表情な顔で、男は最も残酷な一言を告げた。

「それまでに確認できなれば、プランどおり戦艦ごと破壊しろ」

ブリッジのクルー達の背中に、一斉に戦慄が走る。

「・・・・いいな。」

間髪おかず告げられる一言。
刺すような冷たい視線は、クルー達の反論する意志さえ強引に奪い去る。


「言ったはずだ。
俺 は 殺 す と。」


それだけ告げると、男は再び口をつぐんだ。
全く動かないその碧い双眸は、数分後、“目標”を乗せた敵艦・・・・エターナルが映るはずの巨大な画面中央部分を強く睨んだまま、運命のその時を静かに待っている。







「敵艦、反応消えたそうです」

ほっと息が漏れる。
パイロットスーツに着替え、待機していたラクスは表情を緩めた後、すぐに引き締めた。 まだ安心はできない。

例の二機をアークエンジェルへと射出する。
キラに、授ける。新たな剣を。

と、「ラクス様っ・・・!」という声に意識を戻された。
振り返ると、護衛の一般兵がたたずんでいる。
黒い髪、灰色の猫のような目がラクスを注視する。

「自分も行きます。やっぱり、ラクス様一人に二機も・・!」

ラクスは微笑み、すっと一般兵に近づく。

「あなた、お名前は?」
「ジュード・キーツです。」
「ありがとうございます、キーツさん。ですが、・・・・わたくしならば、大丈夫ですわ。先日、整備の方々がコントロールを一機に譲渡するシステムを構築してくださいました。わたくしは、ジャスティスに乗り込み、あとはオートで進みます。」
「オートで・・・・。」
「ええ。ですから、大丈夫です。」

ラクスが頷くと、一般兵は笑顔を取り戻した。だが、すぐにその顔には影が差し、「でも、おかしくないですか・・・?」と不安を吐露する。うつむいたために、ラクスからは表情がよく見えない。

「何が、ですの?」
「さっき、自分達は敵艦に追われてたんですよね?」
「ええ。・・・・バルトフェルド艦長は、そうおっしゃいました。」
「だけど、何も衝撃、感じませんでしたよね・・・。」
「それは、敵艦に攻撃される前に、我々が振り切ったのですわ。」
「いや、逆だな。」

そこで声が驚くほど低くなった。ラクスはびくりと肩を震わせる。
うつむいた彼の表情は、いまだ見えない。

「追い込まれたんだ。・・・・このデブリ帯に。」

そこでようやく一般兵は顔を上げた。同時にラクスは息を飲む。
彼の言葉ではなく、彼の瞳の“ある変化”に。
しかし追い討ちをかけるように言葉は続く。「単純な原理だよ。」

「ナスカ級一、八時の方向。撒くとなると、反対方向、つまり、二時の方向へ移動せざるを得ない。
幸い、偶 然 に も、二時の方向にはデブリ帯がある。追ってくる敵は、自分たちの船よりも遅い。しかもたった一隻。確実に撒ける、俺達は本当にラッキーだった。」
 
さも楽しそうに言う彼は、そこでふと語調を下げた。

「誰だってそう思うさ・・・・誰だってな。」

ラクスは無意識に一歩後ずさる。何を、この男は何を・・・言っている?
視界に入る情報と耳で聞く情報、どちらもちぐはぐすぎて状況を飲み込めずにいるラクスをよそに、男は手馴れた手つきで帽子を取った。
そこでラクスは息を飲む。彼の瞳には、今度は確実に変化が起こっていたのだ。
灰色だった瞳は、みるみる内に青色・・・スカイブルーで染め上げられ、今、完全に空色と化した。

「あ・・・なたはっ、一体っ」

ラクスがもう一歩下がろうとした瞬間、一般兵は自身の首の付け根あたりに爪をぐいっとめり込ませ、肌を掴んで顔を上向きにはいだ。
きゃっ、とラクスが悲鳴を上げると同時に、ばりっと音がして何かが“めくられた”。同時に現れる、オレンジ色の鮮やかな髪色と・・・・一秒前とは全く異なる、顔。

「さっきの自己紹介、訂正しときます。いや、」

ラクスは動けない。彼女は、・・・・その顔と声には覚えがあったのだ。


「・・・・お久しぶりです、って言ったほうがいいのかな?」


言いながら、男は掌に納まるサイズの筒状の何かを取り出す。
その上についているスイッチのようなものに指をかけ、にやりと笑う。「わりぃな。」


「あんたの負けだよ。ラクス・クライン」


思い出した。
赤服。トップ5に名を連ね、G強奪作戦中に戦死したはずの、その男の名を。


「ラスティ・・・、マッケンジー・・・!!!」



ラクスがその名を呟くのと、その名を聞いた男が満足げに微笑むのと、微笑んだ男が握った端末のスイッチを押したのは、ほぼ同時だった。







それは突然襲った衝撃だった。

「なんだっ・・・・!」

突然エターナルのブリッジの電源全てがブラックアウトした。突如暗闇につつまれ、パニックになりそうなその場を「落ち着けっ!」というバルトフェルドの声が一喝した。

「確認急げっ!」
「はいっ!」

激しく動揺するブリッジ内。悪い予測がバルトフェルドの頭の中を駆け巡る。 ブラックアウトしたのはブリッジだけなのか、それともこのエターナル全体か。そうなれば、ストライク・フリーダムとインフィニット・ジャスティスはどうなる?ラクスはどうなる?いや、他の被害だって・・・!
その時、「電源、回復しますっ!」という通信士の声と共に、ブリッジ内の明かりは復元した。ほっとした安堵の息があちこちで聞こえる。そういうバルトフェルドも、ほっと胸をなでおろしたところだった。


が、その安堵はすぐに奈落の底に突き落とされることになる。

「うそ・・・・だろ!?」

電源が復活したと同時に立ち上がった大きなディスプレイに映った光景に、ブリッジにいるクルーは愕然とした。そこには、ブラックアウト以前には移っていなかった“あるもの”が映っていたからだ。

「え、なんだよ・・・あれ、」
「敵艦・・・なのか?」
「だってあの形状はっ!」

そう言って振り返った通信士はバルトフェルドに向かって叫んだ。

「エターナルと・・・・この艦と同じじゃないですか!!」

そう。画面上に映った“あるもの”・・・・その戦艦は、エターナルと全く同じ形をしていた。
唯一つ・・・そのボディが漆黒の色で覆われている以外は。


『聞こえるか、バルトフェルド艦長。』


そしてブリッジに響いたその声は、その漆黒の戦艦から発せられたもの。 奇妙に乾いた口内を不快に思いつつ、バルトフェルドは「聞こえてる。こちら・・・エターナルだ。」と搾り出す。通信士がちらりとこちらを向く。
「映像、出ます。」
画面上に映った顔を見て、今度こそその場にいる全員は凍りついた。



『こちらザフト軍特務隊、アスラン・ザラ』



ただ一人冷静に告げたアスラン・ザラを前に、バルトフェルドはただ黙っていることしかできなかった。





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