37. 「いつまでも行方が知れないと思ったら・・・・そんなとこにいたとはな。アスラン・ザラ。」 画面に向かい、バルトフェルドの快活な相貌が、何年かぶりに再会した旧知に話しかけるように言った。 「で、お前さんの乗っているその戦艦。どういうことだ?」 『戦艦エターナル艦長、アンドリュー・バルトフェルド。』 質問には答えず、極めて冷静な表情を崩さないアスランは、畳み掛けるように『我々の要求を呑め。呑めば一切の攻撃を停止する。呑まないならば、残念ながら敵艦と見なし攻撃を開始する以外の道はない。』と告げてくる。 「おいおい・・・!ずいぶん冷たいお返事だな。」 『返答はイエスかノーで答えろ。それ以外は受け付けない。』 「要求の内容次第だな。聞かせてもらおうじゃないか。その要求とやらを、ね。」 瞬間、画面上のアスランの目が不快そうに細まった。 それを言わせるのか、とでも言うように。 『違法艦エターナル。貴艦の中に装備してある新型モビルスーツ、ストライク・フリーダムとインフィニット・ジャスティスを今すぐ放棄せよ。』 ブリッジ内の空気がどっと動いた。 明らかにバルトフェルドの顔は驚愕していた。そして徐々に、歪んだものへと変貌した。 そして最後に、冗談でも告げるように微笑んだ。 「おいおい、さっきから何言ってるのか、わけがわからんぞ。インフィニットなんたら、とか・・・・そっちには証拠があんのか?」 『残念ながら、既に確認は取れている。下手な芝居にしか見えない。』 そう言って、アスランはわずかに視線を右横にずらした。すると、敵艦の画面上から、ある音声が再生された。 「今はまだ、アスランの消息はつかめないままです。ただ、わたくし達の仲間が、アスランらしき人物がスカンジナビアにいた痕跡を見つけたそうです。」 『じゃぁ・・・・彼は今、地球にいる可能性が高い、と?』 「ええ。あくまで憶測ですが。しかし、アスランを待っている時間はもうありません。アークエンジェルに向けて、インフィニット・ジャスティスをストライク・フリーダムと共に射出します。」 画面の向こう側で恐怖が伝染していくのが、アスランには手に取るようにわかった。 つくづく予想通りの反応を寄こしてくれる。目を細めたアスランは、 『・・・だ、そうだな?艦長。』 と、促した。 『もう一度言う。貴艦の中に装備してある違法に製造したモビルスーツ、ストライク・フリーダムとインフィニット・ジャスティスを今すぐ放棄せよ。要求はイエスかノーで答えろ。それ以外は受け付けない。』 * 画面の上の冷酷な顔を凝視しながら、バルトフェルドは必死に頭を働かせた。 たったいま敵艦が再生した音声、あれは間違いなく、数分前にこの船の中のブリッジで交わされた会話だ。それを相手が入手していたとなると、 (スパイがいやがったのか・・・このブリッジに!!) 頭をめぐらす。誰も彼もが怪しく見え、軽く眩暈を覚えたほどだった。なぜなら二年前、この艦のクルーはクライン派の工作員の寄せ集めにすぎなかった。身元を詳しく確認することなど、あの混乱の最中では絶対に不可能だった。それは、誰よりも一番良く、自分が知っている。 この艦にスパイがいる。だとすると情報の漏洩も納得がいく、しかし一方で、どれほど情報が漏洩しているのかは未知数だ。最悪、この戦艦の内部の設備まで知られているとすると、目の前の戦艦と戦っても確実に・・・・死ぬ。全滅だ。 考えるよりも先に、指が動いた。アスラン・ザラがこちら側に与えた猶予は十分間。その間に、なんとかして被害を最小限にとどめる道を見つけださなければ・・・!! 「ヒルダ、聞こえるか!?」 『あん?なんだよ』 間を置かず帰って来た声。エターナルのブリッジには、先ほど映ったヒルダ・ハーケーンの顔が映る。 「お前今どこにいる!?」 『はあ?ドムを保管してる格納庫に決まってんだろ。』 「いいか、よく聞け!お前らの出番だ!」 その命令に、画面上のヒルダだけでなく、ブリッジのクルー達も「はあ!?」「え!」と、驚きの声をあげていた。 『どういうことだ!?』 「出動だっつってんだよ!敵が新型の存在に感づきやがった!しかも、新型を放棄しなければエターナルを攻撃するとまで言ってやがる!」 『なんだと!?』 「いいか、俺はお前らに出動命令を下す。だけどな、俺が合図するまで出るんじゃねぇぞ!」 目の前の顔が深刻さを増し、ヒルダは理解したように頷く。 『つまり・・・・奇襲か。』 「それしかない。敵がどれだけ新型の情報を握ってるか知らねえが、攻撃を仕掛けられてエターナルごと攻撃なんてされちまったら、新型二機に搭載されてる核が爆発しちまう!幸い、お前らのドムの存在までは感づいてないみたいだからな・・・・お前らが奇襲を仕掛けて、その間にラクスは新型とともに地球へ降下させる。それ以外にない!」 『了解した。ドム三機、出動待機しておく。ハッチは開けておいてくれよ。』 「ああ。」 『大丈夫だ。言っただろ?ラクス様はお守りするって。』 「・・・・ああ。」 頼むぞ。祈るような気持ちで、バルトフェルドは拳を握り締めた。そしてラクスに事態の重要さを伝えるために、彼女に持たせた端末への回線開いた。 バルトフェルドは、生まれて始めて祈った。この十分間に、奇跡が起きることを。 そうして、ある意味奇跡は起きた。 次の瞬間、バルトフェルドの側にある端末が、ビーっビーっとけたましく音を立てた。 * ビーっビーっと鳴る端末を、走りながらオンにした。 「はい、こちらルナマリア・ホーク。」 『よっ。名女優さん。』 もう聞きなれてしまった声を耳にし、ルナマリアは少しだけ表情を緩めた。 「もうっ・・・こんな時に冗談言ってる場合!?」と返答すると、『ごめんごめん、あまりにも上手かったもんで。』と笑う顔を端末の画面に映し出す。 『冗談抜きにしてもさ、一流の映画女優並みだよ。あれは。』 「どういたしましてっ。お世辞なら後で聞きます。」 『で、そっちの状況は?』 「あと少しで到達します。・・・・残りの一人は?」 『順調だとよ。』 「じゃあ、そっちは?新型二機の、操縦権はどっちに?」 『やっぱりつうか、予想通りというかの答え。』 「・・・そう、じゃあやっぱりジャスティスに。」 『ああ。』 「でも・・・・この数分間に、どうやってその情報を?」 『ああ、あれか。ラクス・クライン本人から聞いた。』 平気で大胆なことを言ってのける。はぁ!?と声を出しそうになるも、なんとか飲み込んだ。 直後、『ただし、』という低いトーンの声が響く。『こっちの状況は、あんまよくねえな。』 『ちょっと前にジャスティスのOSに設定された“ラクス・クライン”のデータを修正するのに、予想以上に時間がかかりそうだ。一応、隊長への報告では“準備は全部整った”って感じで言うつもりだけど。けどな、いいかルナマリア。五分経っても俺からの通信がなかったら、お前だけで出ろよ。』 漏れ出るキーボードを叩く音が、彼自身が切迫した状態にあることを示していた。 突き放すような口調にぐっと声をつまらせ、「・・・・あと十秒で到達します。」と言いつつ最後の角を曲がった。 『これからウィルスを流す。ただし、ごまかしきれんのは、』 「三十秒間・・・予定通り?」 『ああ。じゃあルナ、後で会おう。』 「うん。あっ、はい!」 最後の一言に希望を見出せた嬉しさから、敬語を使い忘れてしまった。 当然のように、いつものような彼独特の、にやりと笑った顔が画面に映し出されていた。 が、画面上の上司は『どうでもいいけどさ、ルナ。』と、どこか気まずそうに視線を外して、ぽりぽりと顔をかきはじめた。 何を考えているのか?と思う暇もなく、追い込まれた兵士には不似合いな、どこか照れくさそうな顔が口を開いた。『やっぱさあ・・・、』 『・・・そのマスク、さっさと取ったほうがいいぜ?』 たっぷり二秒。時が止まった。 ブチッと音を立てて切られた通信機に向かって、「・・・・はあ?え?・・・っちょ、ちょっと!」と、意味の無い言葉を呟いたのは、ルナマリアが言葉の意味を理解したときだった。 「あんのバカ・・・・!!!」 「あたしだって、好きでこんな顔してるわけじゃないのに!!」 人生における汚点が、今日また一つ増えた。 任務の一環とはいえ、”赤の他人のふり”をして、”エターナルのクルーを丸ごと欺く”という、人生最大の大芝居をやってのけたのだから。 はあ、と今日何度目かのため気の後、気を取り直して視線を上げる。自分の任務は、まだ終わっていない。 目の前の分厚いハッチの奥にある、“目標E”・・・・・ターゲット・エコーの姿を思い描いた。 先ほど暴言を吐いた彼が・・・・ラスティが言っていたとおり、彼が流した制御システムを破壊するウィルスが自由に動き回れるのは三十秒間。 その間に“目標E”に乗り込み、パスワードを変更する。 ・・・・そして、変更した後は、 「ソッコーで剥いでやるんだからっ・・・こんな顔!」 そう言って顰めた顔は、しかし数分前、ラクス・クラインと通信機越しに会話を交わした女、そしてさきほどバルトフェルドと会話した人物・・・ヒルダ・ハーケンの顔をしていた。 * 『約束の時間だ。』 画面上に、再び現れたアスラン・ザラ。 彼に向かって、おもむろに口を開く。 「ラクスは・・・・いや、俺達は、お前を信じてた。」 それはバルトフェルドの、偽らざる本心だった。 「お前を信じて探してたよ・・・・必死にな。」 『俺もだよ。』 空気が止まる。 『俺だって信じてたさ。』 その画面上の、奇妙な哀愁まで漂わせる顔に、エターナルのクルーは怒りを次々とぶつけた。 「何を言ってるんだ!」 「裏切り者・・・!」 「信じられない・・・!」 『そうだな。』 たった一言の同意が、ここまで悲しい意味を覚えたことはかつてなかった。 そしてクルーは、今更ながらに気づかされた。何が、かはわからない。が、何かが決定的に違ってしまったのだと。 そして、奇妙な焦りに襲われた。自分達は、何かが、遅かったのかもしれないと。 「アスラン・ザラ!」 クルーの誰かが声を張り上げた。 それはエターナルの通信士かもしれないし、バルトフェルドかもしれないし、ダコスタかもしれなかった。 けれどその誰かは、『その名』を出すのを誰もが恐れ、嫌悪すらしていた先の大戦の遺物であり、諸悪の根源の名を口にしてしまっていた。 「君もパトリック・ザラと同じ過ちを犯す気か!?あの男がシーゲルさんを裏切ったように、お前もまた、ラクス様を裏切ろうとしてるんだぞ!!そんなバカな事はやめろ!今ならまだ、まだ間に合う!君は議長に騙されてるんだ!!」 一秒。空気が止まった。 しかし画面上の人物は、少しだけ目を伏せた後、口角をにやりと吊り上げた。『だったらどうした?』 『俺 は ザ フ ト の ア ス ラ ン ・ ザ ラ だ。』 見下すような視線が、ぞくりと肌を粟立たせた。いや、それ以上に中身が黒々としていた。 かつて目にしたことのない、闇の色を宿した碧色の目が、そこにあった。 『要求はどうやら・・・・ノーらしいな。』 失望したかのような、ため息まじりに告げた視線は、エターナルのクルーを正面から見据えて言った。 『もどってこい、ルナマリア。それから、・・・・お前の状況はどうだ?ラスティ。』 答えるように、エターナル内の画面が勝手に開かれた。 見たこともない青年の顔がそこに映り、『オーケイ。こっちの状況は全て整った。』という快活な、場違いも思えるさわやかな機械越しの声が、ブリッジに響き渡った。 その正体不明の青年の映像を目にした瞬間、バルトフェルドは息を止めた。気づいてしまったのだ、その正体不明の青年の、後ろの壁を見て。その壁の色、形状はまさしく、 エターナル艦内、パイロット控え室。 認識すると同時に、脳内の別の意識が答えた。ラクスが確か、そこに・・・・。 バルトフェルドの右手が震えた。とにかく呼吸ができなかった。そこにラクスがいるはず。それだけが頭を支配し・・・・。 彼女に護衛の一般兵をつけたのは自分。けれどそれは、不審者が艦内にいたという事実を知っていたからであり、だからこそ彼女に「護衛をつけなければ」と判断して・・・・。 じゃあその一般兵はどこに消えた?まさか、その一般兵がこいつなのか?こいつがスパイだったのか?だとしたら、いつ、どうやって侵入した!? 一方エターナルのクルーは、その間、なすすべもなく呆然としていた。事の重大さを理解できなかったのかもしれない。 だがそんなクルーを見下すように、あるいは嫌悪するかのように、アスランは満足げに頷いた。そして、 『オペレーション・ワルキューレ、セカンドフェイズを開始する。』 それは、ガーティー・ルーに乗っていたジン・フォークランドが、ヴォルテールに乗っていたシン・アスカが、そしてプラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダルが、同時刻、同じ瞬間に目の当たりにした、鬼であり、たった一人の裏切り者でもあるアスラン・ザラという男の・・・・・奇妙なほどに狡猾な、“笑顔”だった。 BACK TOP NEXT |