9. ルナマリアは先ほどからずっと病室で、目の前の人物を眺めていた。 目の前の人物は、先ほどから、いやずっと前から堅く目を閉じたまま。 そのまぶたの裏に深緑の瞳を隠したまま、眠り続けている。 先日、アスランの意識が戻ったと医師の1人に伝えられ、ルナマリアは急いで病室へ向かった。 アスランはフリーダムに打たれてからずっと意識がなく、一時は命が危ないとまで言われていただけに、ルナマリアにとってそれは奇跡とも言える事だった。 すごくうれしくて、早くアスランの顔が見たくて、気づけば走り出していた。自分の怪我のことなど全く気にはならなかった。 医師の制止も無視して、笑顔で走ってアスランの病室へ向かった。 ・・・しかしルナマリアの目に映ったのは、変わり果てたアスランの体だった。 昨日の光景がルナマリアの頭に鮮やかによみがえった。 小さくため息をつき、気を保つために頭を振る。 そしてもう一度、アスランの顔を見つめる。 つい先日打たれたはずなのに、ずっとアスランはこうして眠っていたような、そんな錯覚に捕らわれそうになり、ぞっとした。 「アスラン・・・・」 ・・・名前を呼んでもやはり、彼は目を覚まさない。 自分は昨日から幾度、こうやって彼の名前を呼んだのだろう。 しかしそうやって何度呼びかけても、やはり彼の目は開かずに終わり。 幸いにも意識は戻ったので命に別状はないらしいが、目が覚めないことにはどうしようもない、と医師は言っていた。 つまり、このまま目を覚まさない場合は植物状態のまま。 ただ息をするだけの人形に成り果ててしまうのだ。 ・・・・それに・・・目が覚めても、これじゃあ・・・!! 気づけばもう日は落ちていた。 昨日から永遠と降り続くかに見えた雨は、もう止んでいた。 しかし、いつ日が落ちたかわからないほど、1日中空は暗かった。 「シン・・・レイ・・・」 ぽつりと、ごく自然にルナマリアの口から2人の名が出た。 自分の大切な人を、もうこんな姿にさせてたまるか。 そう思った矢先に耳に入ってきたシンとレイの軍規違反行為。 アスランの姿を見て、気が動転していたのかもしれない。 気づけばミネルバの独房に来ていた。 『ルナには関係ない!!』 『ルナマリアは家族や大切な人を失ったことがないからわからない』 昨日2人の言った言葉がずっとルナマリアの心を締め付けていた。 心配だった。もう失う訳にはいかなかった。 結局2人は無事だったと、面会に来たメイリンが教えてくれた。 素直に、良かったと思う。 でも私は、2人を守るどころか傷つけてしまった。 勝手に自分の感情だけで2人を怒鳴ってしまった。 シンとレイを守りたい気持ち、失いたくない気持ちは嘘じゃない。 でも・・・・自分の気持ちをただ押しつけただけになってしまった。 なんて身勝手なんだろ・・私・・・・。 リハビリが終わったら、謝らないと・・・・。 そして、メイリン。 メイリンには、アスランの姿は見せたくなかった。 運良く、メイリンが面会に来た時間はアスランの検査の時間と被っていたために直接アスランを見ることはなかった。 メイリンは面会に来たときから、ひたすらアスランの心配ばかりしていた。 アスランの状態を聞かれるたび、笑顔で「無事だ」と言った。「意識が戻ったから、大丈夫」だと。「医師がそう言っていた」と。 ルナマリアは、なんのためらいもなく笑顔でメイリンに嘘をつく自分を、今までの自分とは全く別の他人のように感じた。 しかし、嘘をつくことにためらいはなかった。 ・・・今のアスランの姿をメイリンに見せるわけにはいかないからだ。 メイリンはアスランの事が大好きだった。 ずっと側にいたからわかる。血が繋がっている姉妹だからこそわかる。メイリンは本当にアスランが好きだった。 今のアスランの姿を見せる事は、メイリンにはショックが大きすぎる。 もう大切な人が傷つくのを目の前で見ることはできなかった。 気づいたときには嘘が口からでていた。 「アスラン・・・・・・・・」 早く目を覚まして。お願い。 待ってるから。私も、メイリンもシンもレイも。 艦長や副長、ヨウランにヴィーノも。 みんなアスランを待ってるの。 帰ってきて、みんなのところに。 一人じゃない。あなたは、一人じゃないから。 もう一人にさせないから。 私が、守るから。 アスランを守るから。 ルナマリアは気づかないうちに泣いていた。 頬を伝って流れ落ちた涙は、アスランのベットにとても小さなシミを作った。 * 「・・・・・はい。すでにジブリールの了承も得ています」 『わかったわ。あなたの好きにしなさい』 「ありがとうございます」 ここは、地球のとある飛行場。 蒼く澄んだ海の近くに臨むこの飛行場は、現在一般客は利用禁止になっている。 理由は簡単だ。 プラントと、この飛行場の所持者である大西洋連邦が戦争を始めたからだ。 許可のある特別な人間しか許されないフライト。 しかも、宇宙への、プラントへのフライト。 つまり、これに乗る者は戦争の早期終結を求めてプラントへ会合に行く政治家か、はたまた・・・・プラントの、いやザフトの情報を手に入れるために送られたスパイか。 何にせよ特別な人間しか搭乗できないのだ。 目の前の大西洋もしばらくは目にすることはないだろう。 そうだ、しばらくは・・・・。 そう考えた自分が可笑しくなって、ジンは携帯を耳にあてたまま自嘲の笑みを浮かべた。 生きて再びこの海を目にすることができるかどうかもわからないというのに、しばらくは・・・なんて。 自分も受話器の向こうの人物と同じくらい、大層な自信家であるらしい。 しかし、ジンは受話器の向こうの相手の女性を信頼していた。 でなければ、このように気をおかず会話をするようなことはしない。 そう考えていると、ふと受話器の向こうの相手が口を開いた。 『・・・・・私と彼が、話せるようにね』 「・・・・・・」 『あら、ヤキモチ?』 「いえ・・・。なぜそこまでして”A”にこだわるのですか?あなたにしては珍しいですね」 『そうかしら?ただの好奇心よ』 「”A”に対する?」 『そう。一度会って話がしたいわ。だって写真の彼、とても綺麗な目をしてるんだもの・・・』 「・・・・では、もう1つ質問をしてもよろしいでしょうか?」 『まだ、不満があるみたいね?ジン』 シャトル離陸まではまだ少し時間がある。辺りを探り、誰かに盗聴されてないかを瞬時に確かめたジン・フォークランドは前々から感じていた疑問を口にした。 「なぜキラ・ヤマトではないのですか?」 「先日掴んだ情報によると・・・”最高のコーディネーター”であり、あのフリーダムのパイロットのキラ・ヤマト。実質的にアークエンジェルを含むあのテロリスト達を動かしているのは、おそらくオーブの元国家元首のカガリ・ユラ・アスハではなく彼です」 『でしょうね。セイランのバカに乗せられてほいほい結婚しちゃうような女にアークエンジェルを指揮できるわけないものね』 「キラ・ヤマトと本物のラクス・クライン。動かしているのはこの2人でしょう。でも、では何故、”A”を・・・・アスラン・ザラを」 『ターゲットの名前は伏せろと言ってあるはずよ』 少しの苛立ちも感じさない口調で、相手は静かに言う。 彼女の瞬時に冷静に判断をくだせる能力はやはり素晴らしい。 「では、なぜですか?確かに”A”はパイロットとしは申し分ないほどの実力を持っています。しかし、”A”は、」 『あの戦後最大の戦犯といわれたパトリック・ザラの息子』 ためらいもなく言う相手に、ジンは頭を弾かれたように驚いた。 『ザフトではかつてないほどの優秀な成績を叩きだし、主席で卒業。最年少でネビュラ勲章を受章、その後特務隊フェイスに任命。・・・これくらい、ザフトの人間なら一般兵でも知ってるわよ。そして、彼がザフトを裏切って戦争を止めたこと。そのあとオーブに亡命したことも』 「・・・・・」 『・・・・びっくりした?まさかあなた、私がそれを知らずに彼と接触しようと考えてるとでも思ったわけ?』 「いえ、そんなまさか。しかし、そんな奴の息子と接触を持てば、それ相応のリスクが・・・」 『だからこそよ』 また頭を弾かれた。 「・・・だから、こそ・・・?」 趣旨がわかっていない部下にゆっくりと説明するように、彼女は答えた。 『そう。だから、こそ』 「・・・・・・」 『それに私、全部完璧な人間は嫌いなの。全て完璧なんて・・・そんなの気持ち悪いだけよ』 「・・・・ですが、」 『好奇心って言ったでしょ。会ってみたいのよ、彼に。そして話がしたい。それだけ』 「・・・・わかりました。どうやら教えてくれないみたいですね」 『好奇心。まあ、そうね・・・・”A”と会う時に話してあげるわ』 「期待せずに待ってます」 『あら?信じてくれないの?』 「信じてますよ。あなたは」 口調が少し強ばった。今のジンにとって信頼できる人物は少ない。 そのなかで絶対の信頼を置いている人物なのだ、彼女は。 『わかってる。じゃあ、頼むわ』 「はい。必ず」 そう言って、電話を切った。 しばらくは、ではない。 必ず戻ってくる。そしてこの広大な大西洋を仰いでやる。 そして・・・それから。 そう、やらなければならない。 あの偽善に満ちた国を、自国のためならば多数の犠牲を出すことになんのためらいもないあの国を、自分が変える。 そうしなければならない。 家族を失ったあの日から、ただ一つそれだけが自分の生きる糧となっていた。 ・・・・必ず。 そう自分に言い聞かせ、ジンは目の前の窓から見える走り出した地面を睨んだ。 BACK TOP NEXT |